むなしさの正体とは

83571F1C-F4FA-46F9-994D-841F2B8333EE.jpeg カウンセリング

こんにちは。

キラです。

みなさんは今

「むなしさ」を感じていますか。

「むなしさ」がどんな感情かわかりますか。

私が「むなしさ」を認識したのは

大人になってからです。

それまでも感じたことがあったかもしれませんが

「むなしさ」だと認識できていなかったので

覚えていないのかもしれません。

今日は「むなしさ」について

掘り下げたいと思いました。

目次

1.むなしさとは

辞書には

「心がうつろになり、充実感が得られない感じ。

空虚を感じるさま。」

「かりそめである。はかない。」

などとありました。

そもそも「うつろ」とか

「空虚」を感じるとはどのような感情なのでしょうか。

辞書ではうまく言い表せてないような気がします。

そもそもどんな感情なのかは

人によってちがうのかもしれません。

実際あるセミナーのなかで

ダイアローグ形式で行ったグループワークで

むなしさをテーマに対話をしたところ

むなしさは人それぞれでした。

でもセミナーで学んだ内容では

むなしさが襲ってくる状況には

共通したものがあるようです。

①自分の足らないとこ探しをする時

②何のためにを考える時

なのだそうです。

大学の卒論を書く時少し勉強したのですが

ハイデッカーという

20世紀の実存哲学を代表すると言われている哲学者がいて

彼は『形而上学の根本諸概念―世界有限性孤独』で

むなしさには3段階あると言っています。

それは

①手持ち無沙汰のむなしさ

②パーティーの後、自宅で机に向かうむなしさ

③根源的なむなしさ

です。

①が最も軽く

目の前にやることがない時に感じるむなしさです。

予定のない休日の手持ち無沙汰な感じだと思います。

②は楽しいことや打ち込めることを

終えた後に襲ってくる

結局何をやっても満たされることはないと

感じるむなしさです。

「祭りの後」と表現されることもあります。

趣味や生きがいに熱中するほど

やり遂げた後大きなむなしさが襲ってきます。

③が最も重いものです。

人はこのむなしさを軽視しがちですが

この深いむなしさに目ざめることが大事だと

ハイデッガーは言っています。

  

これはいつでもどこでも突然襲ってきます。

ふとしたきっかけで

いい知れない人生の無意味さの中に

置かれていることに気付くような

自分の存在の無意味さに気付くような

深く得体の知れないむなしさです。

83571F1C-F4FA-46F9-994D-841F2B8333EE.jpeg

でもこのむなしさは

誰でも感じられるわけではないそうです。


たいていの人は気づいていなくて

自分の心を深く見つめることによって

知らされて来るそうです。

フランスの哲学者パスカル

有名なその著書『パンセ』で

「われわれのあらゆる楽しみはむなしいものにすぎず

われわれの不幸は無限であり

そしてついに

われわれを一刻一刻脅かしている死が

わずかの歳月の後に

われわれを永遠に

あるいは無とされあるいは不幸となるという

恐ろしい必然のなかへ誤りなく置くのであるということは

そんなに気高い心を持たなくとも理解できるはずである。」

と言っています。

彼は私たちのあらゆる楽しみが虚しいのは

やがて必ず死んで行かなければならないからだと

言っているのです。

2.私がむなしさを感じる時

私はこれまでむなしさという感情に

向き合ったことがありませんでした。

これまで寂しさや失望感はたくさん感じて

深いものは未だに解消できてないようで

たまに反芻しているようなところもあり

辛さを引きずっています。

でもむなしさはそれらとは別のものな気がしますが

つらい感情なのは確かです。

大学の部活の新入生歓迎会が

宿泊して行われて

夜に宴会がありました。

先輩たちや同級生たちととても楽しく

わいわい騒いでいましたが

突然私はうつろな気もちになり

深いどこかに沈んで行くように感じられました。

自分の周りだけが暗く

ちがう空間のような感じがして

周りの声さえも遠くで聞こえるような感じでした。

うまく言葉では表現できませんが

それはずっと前から知っているような

感覚のような気がしました。

私はその時初めて

「むなしい」と感じました。

これがむなしさだと確信しました。

212F6B01-82A9-42A4-A309-B1126043F051.jpeg

その時以来度々襲ってくるその感覚は

むなしさ以外のなにものでもなくなりました。

それは自分が「親しい」と思っている人たちに囲まれて

みんなで和気藹々と過ごしている中にいる時

しかもそれが夜とか

家から遠く離れているとかの時に

突然感じることがわかりました。

その感覚は途中から突然湧き出てきて

その場が終わると消えてしまいます。

  

そしてそのむなしさが湧き出てきたら

まるで胸の中にできた穴を埋めるように

いつも大きく息を吸い込んでいました。

つい最近

一番近い存在でいつもかかわっている

身内8人で集まって

いつものように

ご飯を食べて楽しく話をしている時に

その感覚がやってきたのに気づいて

おどろきました。

でもすぐに

実は今までも感じていて

感じるはずはないとか

感じるべきではないとか思って

強く押し込めていたのかもと

思いました。

私のむなしさは一見

ハイデッカーの言う

「パーティーの後、自宅で机に向かうむなしさ」

であるような感じですが

楽しかったことが終わった後のさみしさとか

何をやっても満たされないと感じるのとは

ちがう気がします。

突然襲ってくるその感じは

存在を根底から揺るがすような類のものだからです。

そのむなしさはいったい

私にとってはどんな意味があるのでしょうか。

3.むなしさが伝えるもの

パスカルは

人が死すべき存在だから

全てがむなしいと言いました。

でも確かに

人間は自分がいつかは死ぬと知っているけれど

それをいつも認識して生きている人はほとんどいません。

年をとって

後何年生きることができるだろうと考えた時とか

余命を知らされた時とか

不治の病と告げられた時とかには

寂寥感や絶望感と共に死を認識するのだと思います。

でもなぜか

そんな状況ではなくても

それを無意識の領域で常に意識している人がいて

そんな人たちが何かをきっかけに

むなしさを感じるのだと思います。

だからそれは

深いところから湧き上がってくるむなしさです。

だからハイデッカーは

それを深いむなしさだといいました。

そしてこの深いむなしさに

目ざめることが大事だと言いました。

彼が

自分のむなしさを感じる心を深く見つめ

死すべき存在である自分を恐怖や絶望ごと受け止めることで

自分のその認識の根源に至り

その上で

死すべき存在だからこそ

どう生きるのかを探求せよと

言っているように思いました。

教育学博士の諸富祥彦さんは

むなしさは心のメッセージで

私たちの人生に何が欠けているかを告げ知らせてくれる

と言い

医学博士の水島広子さんは

「むなしさ」を感じているときは自分を変えるべき

というサインでもある

と言っているそうです。

B57CF6EC-C4D5-4561-BA8F-0F06374575F4.jpeg

私は初めて

自分のむなしさと向き合ってみようと思いました。

今まで置き去りにしてきて

サインを見逃してきましたが

人生に何かが欠けているのだとしたら

知りたいと思いました。

私がなぜ

親しい人たちに囲まれている時に

むなしさを感じるのか

私が無意識に意識している死とは

どのようなものなのか

そして私はどうしたいのか

何ができるのか

考えようと思いました。

あなたのむなしさが

根源的なむなしさであるなら

私と一緒にそれと向き合ってみませんか。

あなたはむなしさを感じたことがありますか。
どんなむなしさですか。
むなしさと向き合ってみませんか。
私と話をしましょう!
また、私の記事への意見を
メールしてください。
その他質問でも感想でも何か一言でも
haruandarya@aol.com へお願いします。
またはこちらからでもどうぞ。
お返事は必ず書きます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました