転職を考えるときの認識のレベルについて その1

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こんにちは。

キラです。

以前の記事で4月から

私がボランティアコーディネーターを辞めて

教師に戻った話をしました。

自分のあり方を変えるために

新しい世界に飛び込んだのに

また元の場所に戻ってしまいました。

これは人生の逆走なのでしょうか。

それとも前進なのでしょうか。

今回はそんな自分の意識を

しっかり掘り下げてみようと

思いました。

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目次

1.人生の逆走

あれほどきっぱり辞めて

人間らしい生活をしながら

新しいことを始めようと決意したのに

もっと満ち足りて

幸福な生活を送ろうと決意したのに

また教師に戻ってしまいました。

教師の仕事は

やることも考えることもいっぱいあって

記事を書く余裕も

新しいことを始める余裕もなくなりました。

なくなったのは

時間的な余裕もですが

一番は精神的な余裕の方です。

あれほど「時間は作るもの」とか言って

効率よく毎日の仕事をこなして

自分が楽しんでできるビジネスを

コツコツと形にしていこうと決意したのに

毎日の仕事に忙殺されて

20日以上ブログ記事にさえ

手をつけることができない有様で

しかも新しいビジネスの構築なんて

どうでもよくなってしまった自分がいました。

年前を思い出しました。

3年前にあるセミナー会社の

代表夫妻に会って話をしていて

カウンセラー養成講座のトレーナーを打診されました。

転職して

新しい有意義な仕事をしたいと

思っていた私には渡に船でした。

そこで

今もっているトレーナー資格と合わせて

もう一つトレーナー資格を取ると

2つの講座が受け持てるので

トレーナーズトレーニングのコースに申し込んで

セミナーに通い始めました。

その時は新しい仕事のことを思うと

ワクワクしました。

毎月連休の週末を挟んで

月曜日に年休を取りながら

飛行機で往復して

4日間のセミナーにせっせと参加しました。

2か月目から

セミナーの復習や予習や

デモンストレーションのための勉強と

毎日遅くまで掛かる学校の授業の準備と校務と

毎日の生徒指導に疲れてきました。

3か月目になると

トレーナーの仕事も

トレーナーの資格もどうでもいいと

思うようになりました。

しかも教師の仕事に支障がで始めました。

あと1か月でコースは終了して

しかもあと4日通えば

トレーナーの資格が取れたのに

セミナーのデモのための勉強も

最終日のためのテスト勉強をすることも

飛行機で通うことも

面倒でしかも嫌でたまらなくなり

3か月目のセミナーの最終日に

「リタイアしたい」と申し出ていました。

セミナー料金の60万円と

ホテル代と旅費をドブに捨てる行為でしたが

どうしてもやめなくてはという思いばかりでした。

その時はそれしか選択肢がないと思ったし

やめた直後は

自分の不甲斐なさと悔しさで

泣いてしまいましたが

結局はやめて清々しました。

トレーナーの仕事も

よく考えたらやりたくないかもと思えてきて

すぐお断りの連絡をしました。

今回も同じようになりそうな気配でした。

教師を続けていればそれなりに

毎日が過ぎていくからです。

今までやってきたことをすればいいし

授業がうまくいったと思えたり

時々生徒の成長を感じたり

保護者に寄り添えたと感じたりしたら

満足感も得られます。

休日に活動のない部活にしてもらったので

休みが部活でつぶれることはなくなりました。

授業の準備などの仕事を

休日にすることがあるかもしれませんが

週末1日がんばれば

日曜や祝日は好きなアメリカドラマ見て

ダラダラ過ごせます。

ブログも新しいビジネスへの挑戦も

やめてしまっても失うものはありません。

せっかくだから

ブログは趣味で気が向いたら書いて

細々と続けるのも楽しいかもしれません。

また深い思考は停止して

日々の生活に集中して

流されればいいだけです。

またやろうと決意したことを

諦めてしまうのでしょうか。

自分は粘り強いし

途中で投げ出してしまうことは

悔しくてできない性格と思っていましたが

前回のセミナーリタイヤから

そうでもないかもと思うようになりました。

合わせて教師としての生活は

時間的にも精神的にも

余裕がなくなることはわかりきっていたはずです。

そうしたら

同じ轍を踏むことも予想できていたはずです。

なのになぜ元の生活に戻ることを

選択したのでしょうか。

2.同じ轍を踏む

せっかく新しい一歩を踏み出したのに

私はなぜボランティアコーディネーターを辞めて

教師に戻ろうと思ったのでしょうか。

理由を聞かれたら

ボランティアコーディネーターが

自分にあってないので

毎日が楽しくないと答えると思います。

でもよく考えたらそんなことは

最初から分かっていて

自分が本当にやりたいことをやるための

準備をするために

時間に余裕があるということが

その仕事を選んだ大きな理由だったはずです。

迷いもなくやめて元に戻ってしまった自分を

分析してみようと思って考えていたら

前回の記事

ニューロ・ロジカル・レベルについて書いた内容が

思い出されてきてはっとしました。

これは自己認識のレベルの問題だったのです。

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私はボランティアコーディネーターの仕事をしながら

自分が何者であるかを見い出せず

仕事にも意味を見い出せないので

働けば働くほど

虚しさだけが募っていったのでした。

だから毎日が空虚で

なんだかみじめだったのだと

わかりました。

私の自己認識は

教師以外の何者でもなかったからです。

信念も価値感もそこに紐付き

能力もリソースも教師としてのものでした。

それが変わらない限り

たとえ仮の仕事でも

他の仕事ができるわけはなかったということです。

そして以前と同じ仕事に戻り

今また仕事に埋もれて行く日々に疲れて

決意も計画もどうでもよくなって

諦めるきもちがむくむくと育っています。

私は3年前と同じ轍を踏むのでしょうか?

3.自己認識レベルの意識

これまでの私は

「自分は何者か。」

という自己認識の意識のレベルから考えるということを

してこなかったことに気付きました。

教師をしていても

こうあるべきだとか

そうするべきだとかの

「大切だと思うこと」のような

意識のレベルで決めて行動するので

行動が散らかっていって

すぐ収集がつかなくなって

嫌になったり徒労感を感じたりして

疲れていました。

でも教師をしている時は

自己認識と行動には矛盾がなかったので

しんどくてもやってこれましたが

仕事を変えてからは

そこに矛盾が生じてしまったので

耐えられなくなったのだということがわかりました。

仕事を変える前に

自己認識を変えておく必要があったわけです。

でも果たして

長年かけて培った

「私は教師である。」という自己認識を

変えることができるのでしょうか。

そもそも

教師に戻った私は

新しい挑戦を諦めた方がいいのでしょうか。

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あなたならどう考えますか。

この続きは次の記事で書きたいと思います。

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