インクルーシブ教育ついて考えたこと2

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こんにちは。

キラです。

今回もインクルーシブ教育についての続きです。

インクルーシブ教育に

早くから取り組んでいる欧米ですが

特にイタリアの例を紹介して

日本におけるインクルーシブ教育のあり方について

考えたいと思います。

目次

1.イタリアのインクルーシブ教育

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イタリアでは

1977 年に支援学校が廃止され

現在は支援学校や支援学級は存在しません。

子どもたちは障害の有無に関わらず

通常学校に就学することにより

国で全ての子どもの教育を保障しています。

また学校を選択する権利が保護者にあります。

そして障害のある生徒のニーズにより

登下校の時間・欠席・授業時間など柔軟に配慮しています。

通常障害のある生徒は

病院の通院、リハビリなどに通っているので

遅れて学校へ来たり

授業の途中で早退したりすることが配慮されており

生徒の健康的・心理的な管理を優先しています。

障害をもった子どものいるクラスは

ふつう少人数学級(20人〜25)

それぞれのクラスに23人の支援教員と

重度の生徒には支援員がついています。

支援教師は障害をもつ子どものいるクラスに入って

担任教師とチームを組んで指導にあたます。

支援教師は障害児を直接支援するだけではなく

クラスメートが障害児を支援するように配慮したり

学級全体の活動に留意しながら

障害のある児童生徒だけでなく

クラス全体に対しても責任をもつことになっています。

さらに

教育委員会・学校・病院・家庭医

・リハビリ施設・障害当事者の団体・

ボランティア協会・保健省管轄の地域保健機関・

市の障害福祉課などの連携によって

障害のある子どもの支援体制が整えられています。

障害のある子どもを担当している

病院の医師や国家資格を持つ臨床心理士

リハビリを担当しているセラピストが

学校とコンタクトを取りながら

学校生活や家庭を支援しています。

ある中学校の例ですが

その学校では音楽に力を入れていて

音楽の授業では

最終的に学年の生徒全員で

オーケストラのコンサートを開いて発表をするために

楽譜の読み方から楽器の演奏の仕方まで

必要なことを1年かけて学ぶのだそうです。

その音楽の授業では

障害のあるなしにかかわらず

全員が週に1回個別指導を受けることができます。

また楽器は何種類かから好きな楽器を選びますが

全くその楽器を触ったことがない生徒から

音楽院に行くようなレベルの高い生徒までいて

教員は生徒一人ひとりの能力を認識し

個人に合った教材で指導します。

各生徒のレッスンノートがあり

先生が毎回ノートにレッスン内容や注意事項などを詳細に記入し

家で練習する目安にするよう指導しています。

そのノートは家庭との連絡帳の役割も果たしていて

保護者は確認をしたり先生に不明点・疑問点などを問いかけたり

面談の希望を記入したりすることができます。

この学校の生徒は好きな授業を聞かれると

音楽と答える生徒がほとんどなのだそうです。

そうやって能力に応じた個別指導や

支援が当たり前の環境をつくり

多くの生徒が学ぶ楽しさを味わっています。

また障害のある生徒を囲むグループ学習や

学年を越えた縦割りグループ授業などの

交流教育が行なわれており

一斉授業と個別授業が効果的に行なわれています。

2.日本の特別支援学校と特別支援学級の現状

文科省が発表した

日本の特別支援学校に通学する生徒数のデータがありますが

2018年に14万人を超え2019年にはさらに増加して

過去最高になりました。

地域の学校の特別支援学級在籍生徒数も増加し続けて

やはり2019年に12万人を超え過去最高となりました。

義務教育を受けている子どもの数は

少子化によって減少を続けていますので

相対的には特別支援学校に通う生徒数はもっと増えているのです

私が去年まで勤務していた特別支援学校でも

増加する生徒に対し教室数が不足し

プレハブで対応していました。

一応最高級のプレハブということでした。

私の担任していた職業コースは

障害が軽度であるということで

3年間をプレハブで過ごしました。

特別教室の授業もあったので

設備の整ったきれいな教室で授業できる時間もあったとはいえ

最初の頃はそのギャップに腹を立てている生徒もいました。

生徒たちは移転新築して6年しかたっていない

新しくきれいな学校で学べることに希望を抱いて入学して来たのに

自分の教室はずっとプレハブだったのです。

その間新しい高等部を別の敷地に建設することが決まり

年先にはプレハブで学ばなくてはいけない生徒はいなくなります。

このようにインクルーシブ教育体制をと言われ始め

文科省によって取り組みが展開されているのに

普通学級から分離されて教育を受けている子どもが増えているという

不思議なことが日本では起こっています。

3.日本のインクルーシブ教育

そもそも特別支援学級や特別支援学校に通うことは

インクルーシブ教育と言っていいのでしょうか?

このような日本の特別支援教育は

インクルーシブなのでしょうか?

前回の記事で紹介した文科省の見解では

「インクルーシブ教育システムにおいては、同じ場で共に学ぶことを追求するとともに、

個別の教育的ニーズのある幼児児童生徒に対して、自立と社会参加を見据えて、

その時点で教育的ニーズに最も的確に応える指導を提供できる、

多様で柔軟な仕組みを整備することが重要である。

小・中学校における通常の学級、通級による指導、特別支援学級、特別支援学校といった、

連続性のある「多様な学びの場」を用意しておくことが必要である。」

ということが言われています。

ここでは同じ場で学ぶことを追求すると言いながら

「多様な学びの場」を用意するとも言っています。

そして日本の場合は

すべての子どもを一緒の教室で教育したら

個別の教育的ニーズに対応できない

という考えがその根底にあると思います。

だから個々の教育的ニーズに対して

多様で柔軟な仕組みとして

特別支援学校や特別支援学級を準備して

子どもを分離して教育行うことが

必要であると考えています。

アメリカやカナダは

イタリアと違って特別支援学校や特別支援学級があり

個別のニーズによって

一部の生徒は普通学級以外でも

目的に従った授業を受けることがあります。

でもそれは例外的なこととされています。

実際に多くの国々で行われているインクルーシブ教育では

子どもの通う学校を分離せず

地元の学校の中で

「さまざまな工夫」を行って

インクルーシブ教育を行っています。

その「さまざまな工夫」とは

障害のある子どもが障害のない子どもたちと

一緒に学ぶことを可能にするための

便宜を図るということです。

例えばパニックを起こしやすい子どもであれば

普通学級の中にパニックを起こさないような環境整備などの

便宜を図ることになります。

日本ではその「様々な工夫」を「合理的配慮」と訳しています。

障害者の権利に関する条約で

「合理的配慮」について

「均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」としているので

それを日本では

学校や教員に「過度の負担がかからない範囲で行えば良い」と判断して

地域の教育委員会や学校や普通学級の先生が

これはできない」と判断したら

特別支援学級や特別支援学校に

子どもを紹介すれば良いことになります。

それが場合によってはそのような判断を

「合理的配慮」と呼ぶことも

特別支援学級・学校がインクルーシブ教育の場であると

認められている日本では可能だということです。

4.みんな同じ教室で学ぶとは

例外的に通常学級以外の場での教育を認める

アメリカやカナダのインクルーシブ教育と

「多様な場を用意することが必要である」として

特別支援学校などを重要視する日本とは

明らかに大きな相違があることが

わかったと思います。

通常学級と特別支援学校に「別れて」教育を受けるところに

そもそもインクルーシブ教育は成立するのでしょうか。

インクルーシブ教育ではそのゴールはあくまで

障害のある子どもとない子どもが一緒の学級で学ぶことです。

日本では障害者の権利に関する条約を批准したことによって

世界の多くの国と一緒に

インクルーシブ教育実現に向けて進んでいくことになりました。

でも特別支援学級や特別支援学校に

通う子どもが増えている現状を見ると

日本全体では

インクルーシブ教育から

遠ざかっているのではないかと思ってしまいます。

では日本では

障害をもった子どもともたない子どもが

同じ教室で学べるように

学校や地域で対応することは不可能なのでしょうか。

それが不可能ではないことが

世界の多くの国で実証されていると思います。

イタリアだけでなく

実際に世界中の多くの国や地域で

個々の教育的ニーズに応えながら

子どもたちを分離せず

教育を行っているところが多数あるのです。

ただ今の日本の現状で

やみくもに同じ学級で学ぶことにしたとしても

前回の記事で書いたような

子どもたちに不幸な状況が起こることは

目に見ています。

5.みんな同じ教室で学ぶために

みんなが同じ教室で学ぶためには

イタリアの例でみたように

現在の普通学級とは異なる学級を

つくらなくてはいけないことが

わかったのではないかと思います。

それは人数も今の日本の学級の半分程度の人数で

障害をもつ子どもの様々なニーズに対応するために

必要な教員と設備が整った学級です。

そしてそんな学級に

地域のすべての子どもが通うようにするということです

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そのためには

現在の学校のシステムを

大きく変える必要があると思います。

でもそれはすぐできないことなので

できることからやっていけばいいと思います。

例えば障害をもった生徒がいるクラスには

可能な限りの人数の支援教員を付けることです。

障害をもった子どもの数の支援教員が理想です。

支援教員は基本は担任や教科担当の教師と連携して

授業中の障害をもった子どもの支援に当たりますが

教科によっては他生徒の個別指導にも協力します。

また担任とその教員で協力して

生徒たち全員の力を高めるための方法について協議して

学級経営に取り組みます。

そして障害をもった子どもともたない子供が共に学ぶことで

全員の力が高まっていくことを

子どもたちに理解させるような取り組みを学校全体で行って

子どもたちや保護者を啓発することも大切です。

その上で特別支援学級は個別指導の場であり

誰にでも開かれた教室にすればいいと思います。

そうすれば特別支援学級も

子どもたちを分離する場にはならないと思います。

私は教師をやってきて

子どもたちが

人とのかかわりを力に成長した姿をずっと見てきました。

様々な個性をもった子どもたちが集まり

それぞれがお互いの個性を認めて

お互いを理解することができるような

かかわりをもつことができたクラスで

沢山の感動を味わったこともありました。

そんなつながりは

子どもたちの生涯を支えるものであることも

感じています。

そのようなつながりをもつことのできる機会を

どの子どもからも奪うことがあってはいけないと思います。

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