こんにちは。
キラです。
シンクロニシティの
スピリチュアルな解釈の記事を書いていましたが
なかなかまとまりません。
そうこうしていたら
また別の書きたいことがでてきました。
「与えるという生き方」ということについてです。
前回の記事のテーマでタイトルにもなっています。
1.情けは人の為ならず
朝時間があったら
ベッドで本を読むことにしています。
最近ロバート・デイルツとスティーブン・ギリガンの
『ヒーローズジャーニー』を読み終えました。
朝長く時間があるのは休みの日くらいで
普通の日は読めても10ページくらいなので
なかなか先に進めないので
普段は簡単に読める本を選んでいました。
でも『ヒーローズジャーニー』は少し難解だったし
セミナーでのトレーナーと参加者のやりとりを
文章に書き起こして翻訳したものなので何度も読み返したり
実際にワークをイメージしてみたりしながら読んだので
ちょっと長くかかっていました。
そしてその次に新しく読み始めたのがアダム・グラントの
『GIVE&TAKE 「与える人」こそ成功する時代』でした。
去年の11月に買ってずっと読まずにほったらかしになっていて
なぜ買ったのかも覚えていませんでした。
多分前回の記事を書いた少し後ぐらいに
読み始めたような気がしますが
前回の記事で
「与えるという生き方」をタイトルにした時は
テーマがかぶっていることに
気付いていませんでした。
『ヒーローズジャーニー』の印象が強すぎて
何を読んでいるのかも忘れている感じでした。
しかも最初の監訳者の言葉が長くて
そこに「情けは人の為ならず」
というという諺が何度も出てきて
混乱していたということもありました。
恥ずかしいことに
私はその諺の意味をずっと間違えていたのです。
私はその諺を
「情けをかけることは人のために良くない。」
という意味だとずっと思っていたのです。
そして本編に入って面白くなって
どんどん読んでいてふと気になって
例の諺の意味を調べてみました。
すると
「情けは人のためならず」とは
人に対して情けを掛けておけば
巡り巡って
自分に良い報いが返ってくるという意味でした。
やっと監訳の人の話が本の内容とつながりました。
そしたら今日その本が前回記事にした内容と
関係していることに気付きはっとしました。
こんなところにもシンクロニシティがありました。
2.『GIVE&TAKE 「与える人」こそ成功する時代』
著者のアダム・グラントはアメリカ人で
「組織心理学」を専門とする心理学者です。
28歳で博士号を取得し
ウォートンスクールで最年少の教授になりました。
『GIVE&TAKE 「与える人」こそ成功する時代』は
20ヶ国以上に翻訳され世界的なベストセラーになりました。
この本では人間を
・テイカー:他人の利益を奪う人
・ギバー:他人に利益を与える人
・マッチャー:利益のバランスを取る人
の3つに分類しています。
そのうえでインターネット時代は
「テイカー」よりも
「ギバー」のほうが成功すると主張しました。
その理由として
コミュニケーションについて
ギバーは次の4つの面で際立っているとしています。
①人脈づくり:新しい関係をつちかい、以前から付き合いを結びつける
②協力:同僚と協力して業績をあげ、尊敬を受けるよう行動する
③人に対する評価:才能を伸ばし、最高の結果を引き出す
④影響力:支持されるため、説得&交渉を工夫する
またギバーについて
次のようなことを書いていて印象に残っています。
一つは「ギバーは価値を交換せず、増幅させる。」
ということです。
ギバーはみんなの利益を得る方法を考えて行動するので
かかわった人がそれにお返しをしようとするので
価値が増えていくということです。
もう一つは弱みをみせることで
信望を得るということです。
彼は
「テイカーは、弱みをさらけ出せば、
自分の優位と権限を危うくすることになると心配する。
かたやギバーは、それよりずっと楽に自分の弱さを表に出す。
それはギバーが、人に力を振るうことにではなく、
人を助けることに関心があるからで、
だから、自分の弱点をさらすことを恐れない。」
と書いています。
そうやって自分の弱みをみせることで
ひとの警戒心・反発心をとき影響を与えるのです。
そんな与えることを第一義とするギバーが
失敗する最大の要因が「自己犠牲」です。
先にみんなの利益を考えるのが
ギバーの特徴だと書きましたが
そのみんなに自分も含まれていなければ
失敗するということです。
つまり成功するギバーとは
他者の利益を自己の利益を一致させ
両方とも引き上げようとします。
自己犠牲ではなく
「他者指向性」が高いわけです。
他者の本性を見抜きつつ
「自分がどれほど与えれば、
みんなの価値があがるのか」を常に問いかけ
働きかけることができるギバーが
成功するのだそうです
3.私はギバー?
この本の読み初めは
自分がギバーだと思っていました。
すぐに頭をよぎったのが
うちのねこず(私の2匹の飼い猫)だったからです。
私はねこずに見返りなんか全く求めず
いつもねこずにとって最良のことを
しようとしています。
でも読み進めて行って
よくよく考えると紛れもなくマッチャーでした。
いつも相手のために何かするというより
受けた恩を返すことを義務のように感じていたし
相手に何かをする時も見返りを期待するし
同等のものを受け取るのが当たり前と思っているからです。
しかもマッチャーは常に
「公平」という観点に基づいて行動しようとする
ということですが
確かに私はそうです。
自分がマッチャーだと気付いたことも目から鱗でしたが
さらに責任のバイアスというのがあって
人は自分の貢献を過大評価し
他人の貢献を過小評価する
ということを知ったことも衝撃でした。
自分と相手には認識のズレがあって
自分が与えたと思っている価値を
相手が自分より低く受け取る傾向があり
自分が受け取ったと思う価値より
相手は高い価値を与えたと思う傾向がある
ということです。
とくにマッチャーやテイカーの関係に
その傾向が大きいということでした。
またギバーは視点のズレを
修正することができるのだそうです。
それは簡単に言うと
相手の立場たって考えられるということです。
4.ギバーになりたい
これまでの記事で
相手の立場に立つことや
人の気もちを理解しようとすることの大切さについて
何度か書いてきましたが
それは私がマッチャーだから
そういうことが気になっていたのだと気付きました。
人の気もちを
理解しないといけないと考えることこそが
自分がそうでなかった時の罪悪感があったり
人がそうでなかった時に
傷ついたりしているからだとわかりました。
ギバーはいつも
相手のためにできることをしようと考えているので
いとも簡単にしかもいつも
相手の気もちを理解しようとしているのです。
それがいつも当たり前なのです。
見返りを求めないので
人がテイカーであってもマッチャーであっても
見返りがあろうとなかろうと
関係ないのです。
ギバーになりたいと思いました。
ずっとギバーであるためにも
失敗しないギバーになりたいと思いました。
みんなの利益をいつも念頭に置いて
惜しみなく与える人になりたいです。
でも環境によって育てられたマッチャーとしての意識は
深いところに形成された
信念のようなものなので
無意識に判断して行動しているので
変えるのは難しい感じです。
すぐにはできないかもしれませんが
少なくとも価値観として
「人間としてそうあるべきた。」と認識して
行動する時常に「ギバーだったらどうするか。」と
考えることを習慣にしていきたいです。
また人のためを考えて与えることが
自然な行動になるために重要なのは
そのことが
おもしろいかどうか快適かどうか
ということもあると思います。
そのようなことにかかわって行動する時
興味や関心と同じように
「この人の役に立ちたい」という思いも抱くと思うので
快適で面白いことをしている人に積極的にかかわったり
自分がそういうことを選んでやって
人を集めたりすればいいと思いました。
そうしていくうちに意識が成熟していって
変わっていくのではないかと思いました。
|
この記事に興味をもった方は
メールをください。
質問でも感想でも何か一言でも
|


コメント