こんにちは。
キラです。
前回の記事の続きで妹が息子の統合失調症発症という
大きな試練に向き合い
自分らしい生き方を見付けていく話です。
だからといって
妹がそれまで自分らしく
生きていなかったわけではありません。
妹は両親への反発から生まれた
人生の目的を生きていましたが
それも彼女の努力の結果
充実したものでした。
でも妹は苦難を乗り越え
新たなステージを見出したのです。
今回はこのことについて書きました。
1.統合失調症との闘い
甥は投薬を受けて
妄想のようなものは
抑えられている感じでしたが
家に引きこもって
動画を見たりマンガを読んだりする
生活を続けていました。
タバコもなかなか
少なくなりませんでした。
1本のタバコが5分ともたなかったので
ひどい時には
1日に3箱は吸っていたと思います。
しかも寝具やゴミ箱が燃えて
家事になりかけたことも何度かありました。
妹は朝ごはんはいっしょに
食べさせることにして
朝起こそうとして頑張っていましたが
毎日みんなと同じ時間に食べることはなく
たまに食べたとしても
また部屋に帰って寝てしまいました。
昼夜逆転の生活も
改善されることはありませんでした。
妹の夫はそんな息子の姿にますます失望し
やりきれない気もちを息子に向けるしかなく
息子にきつく当たることが
多くなってきました。
自殺未遂事件
そんな時甥が
自分のお腹をカッターで刺す
という事件が起こりました。
甥は救急車で病院に運ばれて
けがを治すだけでなく
しばらく精神病棟に
入院することになりました。
事件なので
警察の取り調べもあり
みんな動揺して
どうしていいかわかりませんでした。
入院した甥は
少しの間拘束されました。
その姿を見て妹は
最初は体の震えを止めることが
できなかったそうです。
妹は家に帰って
息子が不憫だといって
ずっと泣きました。
甥はお腹を刺した理由を聞かれたとき
「自分のような人間は
生きていてもしょうがないから。」と
言ったそうです。
それを聞いて私も泣きました。
大変な事件で
みんな大きなショックを受けましたが
妹夫婦にとっては
息子が入院している半月の間
ひと時の休息の日々を
過ごすことができたのは事実です。
甥は入院中強制的に
生活を立て直させられ
タバコもやめさせられたので
退院してからもしばらくは
穏やかな日が続きました。
入院がよっぽどこたえたようで
両親の言うことを素直に聞いているように見えました。
でもまた甥は
妹がお昼ご飯代として渡したお金や
私の母で彼の祖母にねだったお金や
ある時にはやはり親の財布から抜き取ったお金で
タバコを買って隠れて吸い始めました。
生活も少しずつ
また元に戻っていく感じでした。
ある時激しく叱咤した父親に
掴みかかっていくということがあり
この時初めて妹は息子の頬を打ちました。
甥はとても驚いた表情で
凍りついた感じだったそうです。
甥はすぐに冷静さを取り戻し
何も言わず自分の部屋に戻ったそうです。
この事件は
不思議なことに甥の中では
父親に殴られたことになっています。
妹が何度説明しても
殴ったのは父親だと言います。
私にも甥は何度かその話をしてきました。
「働かないと
また父さんから殴られる。」と
言っていました。
失踪未遂事件
それからタバコは禁止して
アイコスならいいということにして
朝は必ず起きてご飯を食べるという約束を
何とか守って過ごしていたある日
妹の心臓に異常が見つかり
カテーテル手術をすることになりました。
そうすると甥は
妹を心配する妹の夫やおばあちゃんから
「お前が負担をかけたから
母さんは病気になった。
これ以上負担をかけて
母さんになんかあったらどうするのか。」
みたいなことを言われました。
それからすぐのある朝
甥はみんなが起きるより早くから家を出て
昼を過ぎても帰ってきませんでした。
ここ何年間朝早く出かけることも
何時間も外出することも
ありませんでした。
雨の降る寒い日でした。
夕方になっても帰ってこなかったので
みんなで探し回りました。
夜になっても帰ってきませんでした。
夜中に警察から電話があり
20kmくらい離れたところで
手を血まみれにした甥を
親切な女の方が家に入れて
手当てしてくれて
上着まで着せてくれて
警察に通報してくれていました。
雨の中を川の堤防から下に降りて
その下の細い出っ張りのところを
歩いていたそうです。
そこに降りる時に
手を怪我したようでした。
すぐ足元を増水した川が
勢いを増して流れていたそうです。
女性が声をかけると
甥は素直に上がってきて
黙って女性に従ったそうです。
妹夫婦は
我が子を迎えにいき
家に連れて帰りましたが
翌日の診断で
すぐの長期入院が決まりました。
紹介してもらった
精神科救急・急性期治療から
地域リハビリテーションまで
トータルサポートに積極的に取り組んでいる
この地域最大の
精神科、心療内科、神経内科、内科、
療養所をもつ
病院への入院でした。
2.妹の挑戦
妹はまた絶望的な気分になっていました。
自分のやってきたことが間違っていて
こんなことになったと言って
後悔に押しつぶされていました。
私は妹の気もちがが痛いほどわかって
一緒に沈んでいきそうなのを
何とか踏ん張って
妹に長いメールを送りました。
妹の子どもたちが心の優しいいい子たちであること
妹の子育ては決して間違ってなんかいないこと
妹の選んだ人も思いやり深い人格の優れた人であること
みんなで力を合わせて何でもいいから
やってみようと書きました。
「明けない夜はない。」と書きました。
そして次の日に
「あの子が入院している間を利用して
あの子のために
私たちにできることをやろう。」と
色々と話し合いました。
それからの妹は
息子のお見舞いに定期的に通いながら
一方で精力的に活動を始めました。
まず統合失調症の子をもつ親の会に
参加しました。
ここで彼女は同じような
辛い思いをしている人たちを知りました。
20年、30年と
統合失調者の我が子とともに
歩んできた人たちがいました。
また
妹は統合失調症についての
勉強も始めました。
本を読んだり
インターネットで調べることはもちろん
講演に行ったり
色々な勉強会にも参加しました。
二人で天才と言われるある有名な
カウンセラーのカウンセリングを
東京まで受けに行きました。
いろんな人の助言を
積極的に受けて取り入れました。
妹はあせる気もちを抑えながら
息子の歩みに
自分の歩幅を合わせようと
努力していました。
夫ともたくさん話をしたので
彼は少しずつ変わっていき
以前のように息子に
辛く当たることはなくなっていきました。
でもまだ息子が少し良い状態だと
すぐ焦りや期待が出て
先のことを指示したがるのは
なかなか変わりません。
3.甥の変化
退院した甥は
自分で選んだ自立訓練施設(B型作業所)に
週に4日通うようになりました。
タバコは吸わなくなりました。
妹が「いつかお母さんと一緒に
カフェみたいなことができたらいいね。」
と言ったことがあって
彼はそれを覚えていて
「パンが作れるようになりたい。」
と言ってパンを作る作業所を選んだそうです。
その自立訓練施設には
去年の10月の引越しの頃まで2年近く通いました。
最初にもらった給金で
妹たちにご飯をおごってくれたそうです。
それ以降は自分の趣味のマンガや
DVDなどを買っていました。
自分で働いたお金で自分の好きなことができて
嬉しそうでした。
でも自立支援施設だから当たり前なのですが
月に16日くらい通うのに
2万円くらいしかもらえないなんて
給料が安すぎると言って
引っ越しのどさくさに紛れて
そこをやめてしまいました。
2年も通って
いきなりお金のことを言い始めるのは
おかしいと妹たちは言っていました。
給金が低いこともあるかもしれませんが
去年の夏くらいからコロナの影響で
パンの作業がほとんど無くなり
洗車作業ばかりになって楽しくないと
いうふうな話を私にしていたので
一番の理由はそれではないかと思いました。
しばらく家にいましたが
以前と違って
朝も自分から起きていたし
自分で決めてウォーキングに行ったり
本屋さんに好きな漫画を買いに行ったりして
過ごしていました。
甥は家にいて好きなことをするような生活が
一番楽しいと話していました。
でも2か月もすると
前ほどではないにしても
父親からのプレッシャーを感じ始め
家族で話し合って
今年に入ってから
ビジネスマナーやパソコンの勉強のために
就労支援事業所に
週に3日通うようになりました。
母親に連れて行ってもらう週1の通院では
帰りに一緒に大型ショッピングセンターで
食事して買い物をするのを
楽しみにしています。
今度は作業所ではないので
給金はもらえないので
1週間決まった額のお小遣いを
もらっています。
どこにも行かない日は
そのお小遣いを持って
コンビニや本屋などに行くのを
日課にしています。
土日や休日は
私も含む家族で出かけたり
ゆっくりと過ごしたりしています。
毎晩のウォーキングは欠かさずしています。
妹夫婦はとりあえず次のステップとして
A型作業所を考えているようですが
週5日間毎日6時間以上働くのは
まだ無理のような気がします。
まだまだ社会的に自立するまでの
道のりは遠そうですが
穏やかな日々が続いています。
4.新たなるステージへ
妹は小説を書くのが夢だと
ずっと言っています。
でも実際には一度もそれに
本格的に取り掛かったことはありません。
最近お互いのやりたいことについて
話したことがありました。
「小説もまだ書いてみたい気もちがあるけど
最近はそれとは違ったことも
したいと思うようになった。」
と言いました。
「自分は息子のことで苦しんできたけれど
同じように辛い思いをしている人の
助けになりたいと思う。」
と言いました。
そして「どのようなことが
できるかわからないけど
コミュニティのような
NPOのようなものをつくるのも
いいかと思っている。」
とも言いました。
統合失調症の子をもつ家族が集まり
お互いを支え合いながら
お互いが考えを出し合って
みんなで子どもたちの自立を目指すような
仕組みが作りたいのだそうです。
そこでは自分の息子にも
自立して生きていけるような
力をつけてやることができます。
そして息子と助け合い
支え合って生きていけます。
甥の夢の
「お母さんと一緒に働くパンのお店」も
できるかもしれません。
妹は自分の経験を発信して
それが一人でも多くの人の
希望になるようにしたいとも言いました。
5.立ちはだかるもの
妹の目指すものは
まだ目的とまではいかない夢のような状態で
NPOやコミュニティ設立への具体的な動きも
全く始まっていません。
それには大きな障害が立ちはだかっていて
なかなか前に進めていません。
その障害とは妹の夫です。
先にも書いたように
妹の夫は思いやり深い人格者だけれども
保守的です。
妹の夫は全ての原因を他に転嫁して
自分の辛さを
人を責めることで
やっと心のバランスを保っていました。
だから甥の症状が重くなる原因のほとんどを
つくったのは妹の夫でした。
でも彼ば今ようやく
息子に寄り添うことが
できるようになってきています。
とは言っても息子の可能性を信じて
息子の望む未来の実現を助けるとか
息子にとっての幸福を考えるとか
いった考えはまだもっていません。
そして自立して多くの人とかかわりながら
幸福な人生を送ることのできる力を
つけさせようとする妹と違って
息子の将来のために必要なのは
生きていくのに困らないようなお金と
不動産を残すことだと彼は考えています。
世間に認められるように手に職をつけたり
障害者雇用で単純労働に就いてくれたら
それ以上のことはないと考えています。
それは息子の望みでないとか
息子にあった仕事かどうかは
関係ないのです。
妹は彼に自分の夢のことは
理解してもらえないと考えて
まだ一度も話したことがありません。
しかも彼は石橋を叩いて渡るような
用心深い人なので
妹が考えているようなことは
失敗のリスクを考えて
反対することは目に見えています。
6.前へ!
私はそんな妹の夢を
叶える手伝いがしたいので
妹に夫への影響力を高める方法を
伝授しています。
それは以前の記事に書いた
「相手の自己重要感を満たす」ことです。
じわじわと実行させています。
このことはまた成果とともに
報告できるといいです。
それだけでなく
できるところから小さく始めることを
考えて計画していけたらと思います。
具体的なことが少しずつ見えてきています。
私のやりたいことと
妹の夢がつながっていくように
進めていきたいです。
考えているとなんだかワクワクしてきます。
唐突ですがこの話は一旦終わります。
でも妹の物語は続いていきます。
また続きが書きたいです。
楽しみにしていてくださいね。
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