習い事-芸は身を助ける?-

5C1F7666-33C4-4CAD-9DB3-4DC569408695.jpeg 趣味

こんにちは。キラです。

小学校の時いくつか習い事をしました。

親が決めていた

私の習い事の条件は

実用的であることと

家計が許す範囲内での

授業料であることでした。

小学校で塾に行く人は

ほとんどいなかったので

何のプレッシャーもなく

好きな習い事に行けた時代でした。

目次

1.お習字

小学校に入るとすぐ

通うように決められたのが

お習字でした。

毎週日曜日の朝でした。

不器用で雑なので

あまり上手ではありませんでしたが

親が決めて

行くのが当たり前のように

通っていました。

先生は穏やかな男の先生でした。

朱色で直してくれる

先生の字が上手で

先生が直してくれるのを

見るのが好きでした。

先生の筆さばきを

食い入るように

見つめていました。

定期的に昇級試験があって

合格すると

級が上がりました。

でも5級以下は

お正月が来るとまた

10級からやり直しで

私は毎年10級で

お正月の書き初めを迎えました。

何も考えずに通っていて

習慣のようになっていたので

級のことは気になりませんでした。

3年生から

小学校に入学した妹が

一緒に通うようになりました。

妹は

2年生の時に描いた絵で

文科大臣賞をもらうような

芸術的な才能があって

習字の才能もあったようです。

妹は私から見たら

うまい字では

ありませんでしたが

どんどん級が

上がって行きました。

確か3年生の頃には

初段とかになっていたと思います。

妹と比べられるのも

面白くなかったので

4年生になった時だか

5年生になった時だか忘れましたが

母に頼んでやめさせてもらいました。

よく考えたら挫折の経験の一つですが

毛筆は自分にも

周りからも

これといった思い入れはなかったので

悪い思い出ではありません。

2.ソロバンとピアノ

ソロバンは

父の勧めで習いました。

小学校3年生くらいからなので

ちょっとお習字と

かぶっていました。

週に3日くらい通いました。

父は私を

ある県立の商業高校に

入れたかったようです。

伝統があり

野球が強く

甲子園の常連校だったからです。

私をマネージャーにさせて

保護者として応援に行ったり

チャンスがあれば

コーチみたいなことが

したかったようです。

以前の記事にも書きましたが

父は

プロ野球球団からスカウトが来たことを

ずっと自慢にしていましたから

野球への想いは深かったのでしょう。

私は算数が好きだったので

ソロバンは喜んで通いました。

おかげで暗算が速くなって

数学はずっと得意でした。

ソロバンは小学校の間ずっと通って

初段ぐらいになったと思います。

ソロバンは習い事というより

勉強をしに行っていた感じでした。

しかもソロバン塾が

学習塾も併設していたので

中学校からはその塾に通いました。

公文とかに通わせてくれた方が

勉強の習慣が付いて

将来も明るかったんじゃないかと

思ったりもします。

大学に行きたかったので

ソロバンを習っても

父の思惑通りにはいかず

商業高校ではなく

普通科の進学校に行きました。

お習字をやめた頃

友達に誘われて

ピアノを習いました。

ピアノは買ってもらえなかったので

オルガンを買ってもらって

練習しました。

先生のところで

本物のピアノを弾くのが

嬉しかったです。

最初は楽しかったのですが

練習をしなくなっていったので

なかなかうまく弾けず

よく先生に叱られました。

厳しい先生だったので

何度も間違うと手を叩かれました。

面倒くさくなって

また母に頼んで

やめさせてもらいました。

3か月しかもちませんでした。

母はそれ見ろと

言わんばかりでしたが

ピアノを買わなくて

良かったと言いました。

でもピアノは働き始めて

また習いたくなって

妹と二人でピアノを買って

また少し習いました。

でも仕事が忙しくなり

2年くらいで

またやめてしまいました。

妹もしばらくしてやめたので

誰も弾かなくなったピアノが

部屋を圧迫していくようだったので

私の引っ越しを機に手放しました。

3.バトントワリング

小学校3年生から

バトントワリングのチームに入って

バトンを習いました。

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母が所属していた

有名な宗教団体のチームです。

私も一応信徒にさせられましたが

名前だけです。

母の勧めで習いました。

本当はバレエに憧れていましたが

遠くまで行かないと

バレエスタジオはないし

月謝も高かったので

到底習えるものでは

ありませんでした。

バトントワリングチームには

年上のお姉さんたちが

たくさんいました。

小学生の私たちを

可愛がってくれて

ずいぶん大人に見えましたが

今思えば高校生でした。

いろんな技が

できるようになっていくので

楽しかったです。

バトンにも種類があるので

覚える技はたくさんありました。

大変でしたが

練習すると体が覚える感じでした。

柔軟性が要求されたので

柔軟が毎回のアップだったし

トレーニングだったので

体が柔らかくなりました。

指先まで力を入れたり

背筋を伸ばしたりして

ポーズを取るので

姿勢が良くなりました。

4年生の時県で団体優勝して

全国大会に出て

3位になりました。

練習した通りにミスなく演技できて

達成感がありました。

お姉さんたちが

抱き合って泣いていて

嬉しいのに泣くんだなと

不思議に思いました。

自分一人の力ではありませんでしたが

賞をもらったことは嬉しかったし

自信になりました。

4.芸は身を助ける

私は小学校の時

何の脈絡もなく

習い事をしました。

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バレエがすごく習いたくても

習わせてもらえず

ピアノだけが自分からたのんで

習わせてもらった習い事です。

私はバレエやピアノのように

お嬢様がする習い事に

憧れていたと思います。

でもきっと私には

合っていなかったのではないかと思います。

私の小学校の時の習い事は

いろんなところで

私を助けてくれたと思います。

特に

本来右脳派で衝動的な私が

ソロバンを習ったことで

左脳が鍛えられ

合理的な思考で

筋道を立てて考える力も

付けることができました。

私は打たれ強いと思います。

しんどいことも

すぐに過去にして

笑い話にできます。

バトンで姿勢を正し

堂々と演技することを身に付けたので

いつも姿勢を正している習慣がつき

落ち込んだ時でも

いつも顔を上げて

真っ直ぐ前を見る姿勢でいたことも

私の立ち直りの早さにつながっています。

心理学でも証明されているように

人は視線を上げることで

気分を変えることができるからです。

私の習い事は

普段気付かない

無意識の領域から

私を助けてくれていました。

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こう考えるとお習字もピアノも

私の意識していないところで

きっと私を助けてくれてきたと思います。

芸が身を助けるというのは

その芸の分野で力を発揮することだけではなく

私のように無意識の領域で

自分の行動や思考を助けていることでも

言えると思います。

両親の思い付きで

しかも方向性も脈絡もない

私の習い事でしたが

ちゃんと血となり肉となっていました。

それは

習い事だけでなく

趣味や好きだったりこだわりだったりして

やり続けたこともにも

同じように言えるのでしょう。

皆さんも

そんな幼稚園でも小学校でも

ただやり続けたことを

思い出して

それをやっている過去の自分と

対話してみてください。

私のように

無意識からのメッセージを

受け取るかもしれません。

過去の自分とうまく対話ができない方
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