こんにちは。キラです。
私が受けたカウンセリングの
話をしましたが
今日は私が行った
最初のカウンセリングについて
お話しします。
1.カウンセリング研究会
自分のカウンセリングとの出会いは
カウンセリングの資格を取った
セミナーと思い込んでいましたが
その前にも経験があったことを
思い出しました。
思い出し始めたら
昨日のことのように
たくさんの記憶が溢れてきました。
教師になってすぐに
不登校の男子生徒に
かかわりました。
初めて家庭訪問して
その生徒と話をしていて
「これは私の手に
負えないんじゃないか。」と
思ってしまいました。
その生徒が
幻覚が見えるみたいなことを
言ったからです。
私がまだ副担任の時でした。
以前の記事で書いた
永ちゃん先生とは
2年目と3年目担副でしたが
一年目の担任は違う男の先生でした。
その先生は
豪快でいい人でしたが
永ちゃん先生のような
生徒への細かい心配りが
ある人ではありませんでした。
だから副担として生徒に
どのようにどこまでかかわっていいのか
わかりませんでした。
でも初めてかかわる
不登校の生徒だったので
どう指導していいか分からず
とりあえず色々調べていたら
〇〇(都市名)カウンセリング研究会
というのがありました。
その時はカウンセリングという言葉に
ひかれたわけではありません。
その頃カウンセリングのことは
ほとんど知りませんでした。
その研究会の説明に
不登校の子どもへのかかわりかたを
学ぶみたいなことが
書いてあったからです。
学校の相談室のカウンセラーもして
不登校の生徒にかかわりながら
授業や担任もしていた
私学の教師の方が
作っているグループでした。
それですぐで会合に出でみました。
その会合には
その先生と
不登校生徒にかかわっている
民間のNPOの人たちや
不登校の子どもをもつ保護者や
教育学部の大学生などがいました。
名誉会員みたいな存在で
大学教授の人もいました。
なぜかその先生たち以外で
教師は私一人でした。
2.カウンセリングを知った日
そこでまず
カウンセリングの仕方について
教えてもらいました。
その時はカウンセリングを
よく知らなかったので
ここで学んだことが
カウンセリングだったと
はっきり認識できたのは
この記事を書いてからかもしれません。
その時の話で頭に残ったのは
「不登校の子どもには
そうしなくてはいけない理由がある。」
ということと
「答えは相手の中にある。」
ということと
「学校に行けるようになるためには
生きて来た年数掛かる。」
という3つのことでした。
要するに
相手の話をしっかり聞いて
相手を理解することと
焦ってはいけないということだと
思いました。
また話を聞く時に
ただ聞くということが大切で
励ましたり
自分の意見も言ってはいけないことも
教えてもらいました。
ごく当たり前のことですが
教師になりたての私にとっては
それは教師の仕事ではないと考えたくらい
カウンセリングを
わかっていませんでした。
ただこの研究会で教えてもらったのは
カウンセリング理論というより
カウンセリング実践だったと思います。
未だに私には
このカウンセリング研究会が
どんなカウンセリングの理論に
基づいたものだったのかとか
代表の先生や大学教授の先生が
何者だったのかとかは
わかっていません。
その後
月2回の定例会にはいつも出席し
泊まりがけの「ワンディセミナー」にも
参加しました。
定例会もセミナーも
かかわっている不登校の子どもの
ケースを出し合い
どのようにかかわっていくかを
みんなで検証し合うという進め方でした。
子どもの変化も報告し合いました。
カウンセリングを学ぶと言うより
不登校の子どもへの
これまでしてきた対応を変えるために
自分が変わるための訓練みたいでした。
悶々と悩んでいた
不登校の子どもをもつお母さんたちが
変わっていくのがわかりました。
3.カウンセリングの実践
〇〇カウンセリング研究会で
教えてもらったことを
幻覚が見えると言って
私の度肝を抜た生徒に試していきました。
その生徒はその他にも
人の考えが分かるから人が嫌いになって
殺したくなるとか
自分の人生も自分も価値がないから
死んでしまおうかとか
深刻なことをたくさん言って
私をびびらせていました。
敬語を使って礼儀正しく話し
冷めて大人びた印象の生徒でした。
その生徒のことを
初めて研究会のみんなで
ケースとして検証した時に
生徒の言うことに
振り回されてはいけないということと
そのような極端な言葉は
生徒が私を
思うように操ろうとして
言っている言葉である場合が多い
ということを教えてもらって
生徒の話を
冷静に聴けるようになりました。
そうしたら
私の反応が変わったからか
その生徒は
そんなことは言わなくなり
小学校の時の先生や友達の悪口や
今の担任の先生の悪口を言ったり
私をからかったりするような
幼い面を出してくるようになりました。
生徒がそのように変わったことを
すぐ報告しました。
それを聞いて
その代表の先生が言ったことは
「不登校の生徒はたいてい
いつも周囲の期待に応えてきたいい子だから
周りの言う通りに考えたり
行動したりして
その結果人生の選択も
失敗の痛みも
全て周りが肩代わりしてくれて育った。
そんな状態では
育たないのは情緒で
そのいい子の姿は
例えると堅固な鎧を着た状態で
鎧の中身は赤ちゃんのままだ。
情緒が未発達の状態で年を経た子どもが
何かががきっかけで
鎧を壊されてしまって
その壊れた鎧の重みに押し潰されて
立ち上がれなくなる。
それが不登校の子どもの姿だ。」
というようなことだったと思います。
その当時
その例えに感動して
ものすごく腑に落ちました。
今思い出しても
不登校の生徒に関するこの表現は
ずっと私の中にあり続け
不登校生徒理解の基礎に
なっていたことに気付きました。
私は週に1回は
彼の家庭訪問をして
教えてもらったことを守って
辛抱強く
その生徒の話を聞き続けました。
生徒は普通の中学生のように
ゲームやらテレビやらの話をしたり
友達のことを聞いてきたりするようになり
私と勉強をするようになるところまでには
変わりましたが
登校することはありませんでした。
クラス替えがあり
その子とのかかわりは1年で終わりました。
その後その子がどうなったのかは
全く覚えていません。
〇〇カウンセリング研究会も
その後少し続けましたが
いつのまにか足が遠のいて行き
完全にフェイドアウトしました。
私を悩ますのが
不登校の生徒ではなく
不良の生徒になり
それから後の長い年月
その不良の生徒たちの指導に
注意を集中させていました。
もちろんクラスに
不登校生徒はいましたが
その生徒に対しては
周りの生徒に働きかけて
その生徒たちと共に
不登校の生徒とかかわるようになりました。
みんなでいっしょに
ボーリングに行ったこともありました。
友だちとの関係が良くなると
学校に来るようになった生徒もいました。
学校に来ることなく
卒業していく生徒もいましたが
やれることはやったと感じてきました。
だからこの記事を書くまで
その不登校の生徒のことも
カウンセリング研究会のことも
本当に忘却の彼方にありました。
4.カウンセラーとして
その当時は
カウンセリング研究会の人に
不登校の生徒とのかかわりかたを
教えてもらって
何とかその生徒と
かかわれるようになってきているという
意識しかありませんでした。
でも私は少しずつ
彼の無意識に迫り
彼の閉ざされていた
たくさんの心の声を
聞いていたように思います。
やはりあの時の私は
ある意味カウンセラーとして
彼にかかわっていたと思います。
でもその時のカウンセリングの方法では
無意識の心のプログラムを
書き換えることができなかったので
彼の行動を変えることができませんでした。
もしかしたら
あのまま続けていたら
彼が自分で気付いていって
本当の自分と向き合うことで
変わることができたかもしれませんが
「生きて来た年数」ほど
長い時間が掛かったかもしれません。
私はカウンセラーという立場で
仕事をしたことはありませんが
この時の1年間で
人の話を辛抱強く真剣に聞いて
相手を理解しようと努力することで
相手の心の奥深くの声を
聞くことができるということを学び
その姿勢を身につけることができました。
学んだ後も相変わらず
普段は自分の立場や考えを
相手にぶつけてばかりでしたが
なぜか傾聴を要求される場面では
学んだことを生かすことができました。
しかもカウンセリングの資格を取り
そこで習ったスキルも
そんな傾聴の場面では
使うことができるようになりました。
特に生徒や保護者の話を
聞かなくてはいけない場面では
間違いなく
カウンセラーモードだったということです。
生徒たちによく
「先生と話すと洗脳される。」
と言われましたが
話を聞く場面では私は決して
明確なアドバイスも
指示もしていません。
生徒たちは
自分から決意して
変わっていきました。
以前の記事を書いたときは
自分の指導と言えば
生徒を注意したり怒ってばかりいたことしか
思い出しませんでしたが
私はこれまで生徒の話を
本当にたくさん聞いてきたということを
思い出しました。
5.リソースフル
この記事を書くことで
そのことを思い出すことができ
それがまた私の大きなリソースとして
自覚できました。
リソースというのは
目的をもって人生を歩むとき使ううことのできる
自分のもっている資源です。
築いてきた人間関係も
努力して得た知識や能力も
戦略も経験も
努力する姿勢ですら
全てリソースです。
文章にすることで
記憶から
自分の埋もれた感情を呼び覚ましたことで
それが私自身への
カウンセリングになったようです。
でもただ思い出しただけでは
カウンセリングにはなりません。
なぜだか分かりますか。
知りたい方はご連絡ください。
あなたの中に埋もれた記憶があって
それをカウンセリングによって
無意識から呼び起こし
リソースを確認することが
できるかもしれません。
そしてリソースフルな状態になれるかもしれません。
リソースフルな状態になれたら
あなたは望むゴールへ向かって迷いなく
踏み出して行けるでしょう。


コメント