こんにちは。キラです。
今日も夏休みの話です。
以前の記事で夏休みになると巻き起こる
特別な感覚について話しました。
その感覚を
何か表現し足りていない気がして
もどかしかったのですが
それが何かわかりました。
1.永遠に触れる
今年の夏休みを憂う新聞の記事に
「子どもの頃夏休みが
永遠に続くような気がしていた。」
と書いてありました。
それとは違うけど
その「永遠」という言葉を見た時
私の夏休みの感覚に
「永遠」に触れる感覚もあることに
気付きました。
永遠なものなどないと
わかっていても
特に夏休みの始まりには
永遠の気配がありました。
言いようのない安堵感は
永遠の感覚といっしょに広がることに
気付きました。
だから夏休みの終わりが近づき
現実を突きつけられると
虚しいような
失望したような
気分になったのだと思います。
言葉からくるイメージでしかない
「永遠」の感覚を
わずかに感じることのできる時間を
夏休みは与えてくれました。
2.中学校の夏休み
中学校の夏休みは
クラブ活動に明け暮れていました。
ソフトテニス部でした。
コートは男女1コートずつしかないのに
部員は1年の時には50人〜60人
2年になったらさらに増えて70人
3年の時には100人を越えていました。
1年の時は
球拾いとトレーニングばかりでした。
厳しい先輩達によく叱られました。
ごくたまに短い時間
コートで打たせてもらったとき
とても嬉しかったです。
でも学校ではほとんど
練習ができないので
練習が終わってからも
近くの大学病院の中にある
テニスコートに勝手に入って
何人かで練習していました。
たまに大学生や医学生が来て
どかされていましたが
いい練習場所でした。
夏の炎天下で
一日中テニスをして
誰も熱中症とかになったという
記憶がないのが不思議です。
2年3年と同じように
部活に明け暮れた夏休みでしたが
トレーニングと球拾いから
球拾いと練習
そしてずっと練習だけ
というふうに中身は違っていきました。
30人くらいに
ぐるっと囲まれたコートで
威張って練習できる3年生は
気分良かったです。
テニスに打ち込む自分が好きだったし
試合とかして勝った時の
爽快感が何よりも最高でした。
公式試合も夏が中心でした。
無防備に打ちまくり
力任せに試合を運ぶタイプだったので
調子の良い時は
破竹の勢いで勝ち続け
負ける時は自滅して
あっさり負けていました。
3年になると少し慎重になり
頭も使うようになって
勝敗も少し安定してきました。
ペアの子が慎重で
精神的にも穏やかな人だった
からだと思います。
3年で私は部長にもなりました。
弱小チームでしたが
3年の時県大会に出ました。
快挙だと言われました。
でも2回戦で県内一強くて
全中の常連校と当たって
あっさり負けました。
実力の違いを見せつけられましたが
私は相手校のNO.1と当たって
何本かサービスエースと
打ち勝ったポイントがあったので
満足しました。
その試合で
中学校の部活は終わりました。
小学校時代
習い事も続かないことが多く飽きっぽい私が
初めて3年間も
ずっと情熱をもって続けることができたのが
ソフトテニスでした。
3.高校の夏休み
高校生になってからは
テニス部(硬式)に入りました。
進学校でしたが
1年の夏は同じように
部活に打ち込みました。
高校は人数は少ないのに
コートは倍あって
1年〜3年までみんなコートに入って
練習できました。
夏休みには3年生はもう
部活に出てこなかったので
たっぷり練習できました。
県の新人戦のシングルスで
決勝までいきました。
でも試合中に
バックハンドを打とうと引いた
自分のラケットで額を切り
大量出血して
病院に行きました。
病院で縫ってもらって
帰ってきて試合を続行しました。
でも試合が続行されてすぐ
顧問の先生が
いきなり心配し始めて
途中で棄権させられました。
悔しかったです。
準優勝で終わりました。
私が2年になった夏休みは
なぜかほとんどの部員は
部活に出てきませんでした。
中学校からいっしょにテニス部で頑張ってきた
友達の二人と
高校でもいっしよにテニス部に入り
1年の時までは楽しく部活をしました。
でも2年になって
その二人に彼氏ができて
部活どころではなくなりました。
その夏休み
二人は高校生活を謳歌していました。
高校で仲の良くなった友達と
2人きりで練習する日がほとんどでした。
試合もすぐ負けたし
悲しい夏休みでした。
3年の夏休みは部活に行けず
夏季講座に通いましたが
講義中よく寝ていたという
記憶しかありません。
何もなく過ぎ去りました。
でもやっぱり高校でも
真っ黒に日焼けして
うだるような暑さの中で
体力の限界まで
無心にボールを追った自分を
誇ることができました。
4.夏休みの感覚をつくったもの
小学校の夏休みは
家族が私を
大切にしてくれるという実感が
安堵感となって
根付いていきました。
中学校と高校の夏休みは
目標に向かって
ひたすらテニスをする自分を
好きになることができました。
それは自分の可能性への
ワクワクする期待となって
根付いて行きました。
その安堵感感とワクワク感は
夏休みだけ
味合うことのできる感覚でした。
安堵感もワクワク感も
自己肯定感につながっています。
私は夏休みが来ると
自己肯定感を感じることができたのです。
そしてついに明日が梅雨明けです。
私はあの夏休みの感覚を
味合うことができるのでしょうか。
今年は梅雨明けが遅くなり
8月が近づいても
まだその答えは出ていません。
その答えは次の記事で
大学以降の夏休みとともに
お知らせします。


コメント