感情と向き合う

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こんにちは。キラです。

今日は「感情」のお話です。

コミュニケーションや

人間関係がややこしくなっているときや

悩みが大きくどうしようもできないときは

感情がかかわっています。

そして

大切なことほど

そこに生まれる

感情は大きくなります。

重要な人間関係ほど

感情がからんでややこしくなり

重要な出来事ほど

自分の感情に圧倒されて

悩みや苦しみが

大きくなるということです。

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目次

1.怒りと悲しみ

人を悩ませたり苦しめる

多くの感情のもとになるのが

怒りと悲しみです。

怒りは

外に向けて意識が行きやすいので

文句をいったり怒鳴ったり

暴力を振るったりという

行動につながりやすいです。

一方で悲しみは

意識が内側に行きやすく

物思いにふけったり

過去を振り返って見たりします。

時間が経てば感情は静まりますが

人は思い出すという行為を頻繁にするので

その度に感情も反芻します。

大切なことほど人はよく覚えているので

感情が繰り返し生まれて

長く続きます。

2.怒りと悲しみの発生

では怒りや悲しみの感情は

どのようにして

生まれるのでしょうか。

人は期待した通りに

物事がならないと

驚いてショックをうけます。

何かを期待するというのは

何を大切にしているかと

つながっています。

それは普段は本人の意識に

上がってきません。

期待外れの出来事に

ショックを受けた後

どうにかなると判断すると

怒りを感じ

どうにもならないと判断すると

悲しみを感じます。

どうにかなるかならないかも

意識的に判断するのではなく

自動的になされます。

その自動化はたいてい

幼い頃の経験によって

形づくられます。

また

どうにかなるかならないかの

判断の程度で

表面にある怒りの底に

悲しみがあったり

表面にある悲しみの底に

怒りがあったりします。

怒りだけや悲しみだけ

感じる場合もあるし

程度の差があっても

両方を感じることも

あるということです。

2.怒りと解消

怒りも

自動化によって

相手の期待外れの言動を認識し

反省させたり

取り消させたりできると判断したら

湧いてくる感情です。

体が熱くなったり

体に力が入ったりといった

体感を伴います。

すぐに

怒りの対象に向かって発散しなくても

あとで自分で発散させても

解消される感情です。

すぐに相手や対象に向けて

怒鳴ったり

暴力的な行動をしたりする

怒りっぽい人がいますが

そうすると

その後の周りの反応に対し

さらに感情が湧いて悩まされるので

時間を置いて

自分で発散したほうがいいです。

怒りのエネルギーの発散のためには

期待していたことを言葉にしたり

怒りの対象をイメージして怒鳴ったり

心で叫びながらトレーニングをしたりすると

効果的です。

また

怒りのエネルギーを使って

自分の大切にしていることを

世の中に発信する人もいます。

怒りを活動の原動力にして

社会を変える人たちです。

私の尊敬する

マハトマ・ガンジーや

ネルソン・マンデラがそうです。

3.悲しみと解消

悲しみは期待外れの出来事があって

もう取り戻せないと判断したときに

でてくる感情です。

思いもしない出来事に対する衝撃と

寂しさの両方から悲しみが生まれます。

特に

失ったという体験は衝撃的で

失ったものが大切であればあるほど

衝撃の度合いが大きくなります。

寂しさは

失われてしまったものが

戻らないと知りながらも

それを求めてやまない気もちです。

悲しみを解消するには

自分が期待していたものが

自分にとってどんなに大切なものかを

はっきりと意識することが

必要です。

そうすると

大切なものへの感謝の気もちや

愛おしさが

湧いてきて

悲しみを和らげてくれ

解消されることもあります。

4.喪失感

ショックの度合いが大きく

寂しさが深い時

人はその大きな悲しみに

圧倒されます。

これが喪失感です。

私は大きな喪失感を

三度経験しました。

二つは意識していましたが

一つは意識していませんでした。

三つとも

ポッカリ開いた

大きくて深い穴のままずっと

心の中にありました。

その穴は一生

埋まることはないと

思っていました。

自分一人で

一生抱えて

耐えるんだと

思っていました。

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5.喪失感を越えて

私の認識している

喪失感の二つは

愛猫の死と

母の死です。

特に母の死はとても大きく

とても深い喪失感でした。

この記事を書くにあたって

これらの喪失感を一つずつ

ていねいに見つめました。

失ったことより

どんなに自分が愛し

大切にしてきたかや

なぜ大切なのかに

思いを集中しました。

そうやって向き合うのはとても

辛かったですが

なぜか

今やらなければならないという

思いがありました。

私は自分で決めた新しい道を

進んでいかなくては

いけないからです。

一つ一つ思い出しながら

一つ一つ頷きながら

確認しました。

母が

懐かしくて

愛おしくて

仕方がないのが分かりました。

母への感謝の気もちが溢れるように

湧き上がってきました。

この喪失感が

完全に癒えたといえば

嘘になります。

母に替わる人は

いないからです。

だから私は
誰かにとって大切な人になるよう
努力を続けていきたいです。

今は母のことを思ったとき

寂しさより

感謝の方が強く感じます。

そして

私が今回初めて気づいた

もう一つの喪失感は

教師という仕事を失ったことでした。

もう教師に戻れないと認識したときに

大きな衝撃を受けないように

「私はやり切って満足した。」と

必死で思い込んでいたことにも

気付きました。

今の職場に感じる疎外感も

仕事に対する意欲のなさも

重くのしかかる不安感も

この喪失感が根底にありました。

私には教師という仕事が

本当に大切だったのです。

本当に好きだったのです。

私という存在の拠り所だったのです

私はやっとこの喪失感と

向き合うことができました。

教師であった年月の思い出が

泉のように触れ出して

止まりませんでした。

そして

教師という仕事を

満足するまで続けて来れたことに

感謝しました。

出会うことができた

たくさんの生徒たちや

先生たちに

感謝しました。

片付けをしていると

偶然

私が教師になって

初めての生徒たちに向けた

『社会科通信』が出てきました。

その最終号を見て涙が溢れました。

生徒たちへの思いと

教師としての理想を

熱く書き綴っていました。

やっとこれで

私は現状を受け入れ

大切なもののために

前に進むことが

できるような気がします。

まだ少しずつで

小さな歩みです。

この記事が

悲しみに打ちひしがれたり

喪失感に押しつぶされているあなたに

少しでも

救いになれば幸いです。

長い記事になりましたが

私の思いが

あなたに

届きますように。

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