『はじまりのうた』を生きる人2

2FA918F0-6DCB-44B5-85CE-B9857B901657.jpeg 生徒のこと

こんにちは。

キラです。

前回に続いてH.Kの記事です。

彼ば私が思っても見なかった困難を

いくつも乗り越えて

自分が選んだ道を邁進しています。

彼をイメージすると

坂道を一歩ずつ進む彼の姿が浮かんできます。

でもその姿に気負いは感じられません。

自然体なのです。

彼にとってブレることなく目標を見据えて

目の前のことに全力で取り組むとか

努力するとか言ったことは

ごく自然なことなのです。

しかも絵を描くことは

彼の最も誇れることであり

何より好きなことなのです。

彼のことを考えるとき

今日も私の耳に『はじまりのうた』

聞こえてきます。

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目次

1.H.Kの夢

3年生の夏休み前の懇談で

本格的な進路面談をしました。

その時初めて彼が

東京芸術大学を

志望していることを知りました。

とても驚きました。

確かに絵も上手く

美術の成績はいつも10でした。

でも私のイメージでは

東京芸大に入ることは

東大に行くよりも難しくて

生半可な才能では通用しないイメージで

彼がそこまでとは考えられませんでした。

しかも彼の絵は見たことがありますが

その時の私には

彼の才能を見抜く力が

全くなかったようで普通の上手い絵としか

認識できませんでした。

彼が自由に書いた絵ではなく

美術の授業の課題だったというのも

あるのかもしれません。

その上その他の教科は

お世辞にもいい方ではありませんでした。

特に英語は大の苦手で

悲惨な成績でした。

その彼が

国立でしかも平均浪人年数が日本一とか言われる

東京芸大に行くと言ったのです。

2.高校進学に向けて

びっくりしましたが

その前に高校受験があるので

まずそちらをクリアしないといけないので

そちらに集中することにしました。

「大人になるに従って現実が見えてくるだろう。」

という考えが頭をよぎりましたが

「そういう大きな目標をもつことは大切で

それがどんな時でも力になるので

それに向かって少しずつ進んで行こう。」

と言いました。

東京芸大に行くような人は

私の地域ではある最も合格困難校の

芸術科に進学する人がほとんどです。 

そこの卒業生でも

毎年一人いるかいないかくらいしか

東京芸大には合格しません。

でも彼は技術点は高くても

1年から3年までの内申点や5教科の入試当日試験の得点で

合格点を取ることは極めて困難でした。

しかもこれも頑固な彼の父は

「高校入試なんか塾に行かず独力で勉強しろ。」とか

「公立高校しか行かせない。」とか言ったので

彼とも相談して工業高校のデザイン科に

進路を決めました。

それでも英語がネックだったので

彼に毎日英語の宿題を出して

放課後に教えました。

彼だけに勉強を教えるということはできないので

希望者で勉強会をすることにしました。

人数が増えて来て大変になったし

会議が増えて放課後にできない日が多くなったので

朝勉強会にしました。

部活を引退したら

成績の良い生徒も参加して

教え合うようになって楽になりました。

H.Kは晴れて志望校に合格して

私に静物画をプレゼントしてくれて

「東京芸大生になって会いに来るから。」

と言って卒業していきました。

私は東京芸大への夢はもち続けてほしいと思いながら

東京芸大への道のとてつもない困難さを思うと

彼の進む茨の道を憂いました。

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彼が卒業の時にプレゼントしてくれた絵

3.His DREAM has come true !!

高校時代は

高校のことも高校の教師のことも

「クソだ。」と口汚く文句を言いながらも

YMCAの芸大受験科に通いながら

頑張っていました。

浪人生活も2年目に入ったのを知って

彼は頑固で諦めそうにないけど

このまま浪人を何年続けるんだろうと

心配するばかりで

天下の東京芸大に

彼が合格することは

あまり念頭にありませんでした。

ところがその年が明けてしばらくした頃

彼から合格の知らせが来たのです!

その知らせに

本当に奇跡だと思ったし

嬉しいやらびっくりするやらで

私の方がパニック状態でした。

YMCAの卒業制作展にも招待してもらって

中学校の美術で描いた絵以来

初めて彼の作品を見ました。

自画像でした。

とても斬新な絵でしたが

惹きつけられるものがありました。

彼はこんな絵を描くのかと

感動を覚えるとともに

東京芸大合格も納得しました。

そして彼が自分の選んだ道を

迷うことなくひたすら歩み続けてきたことに

改めて感動しました。

4.大学時代

H.Kは大学に入学してからも

帰省した時何度か

中学校の時から仲のいい友達と二人で

私の家に遊びに来たり

待ち合わせて会ったりして話をしました。

中学時代の話に盛り上がりました。

彼の仲のいい友達は

みんなオタクだったので

それぞれの趣味のためにやらかしたことや

オタクを馬鹿にする意地の悪い生徒に

彼も加わってみんなで

隠れて仕返しをした話が面白かったです。

その他入試のことや大学生活の話は

普通の大学と違う感じで興味深かったです。

芸術家を目指す人たちは変わった人が多いのか

彼の見方が人と違うのかわかりませんが

とても面白い話がたくさんありました。

彼は大学から髪を伸ばして

一つに結んでユニークな雰囲気を醸し出していました。

東京で洗練されたのだか

変わり者の度合いが増したのか

紙一重な感じでした。

とにかく彼は

自分の好きな絵を思い切り描くことができ

さらに才能を伸ばすことのできる環境を

心から楽しんでいました。

5.選んだ道を振り返らず行く

H.Kが大学を卒業して数年経った頃

帰省して地域の画家と一緒に

2人展をするということで

招待が来たので見に行きました。

順調に絵を書き溜めている感じでした。

彼の絵には人がたくさん描かれています。

肖像画というよりは

人と日常を切り取って描くことで

心象風景を描いている感じです。

その時に気に入った絵があったので

1点購入しました。

彼の絵は私の好みの絵とは違いますが

なぜか惹かれるのと

彼の将来のために少しでも協力したい

という思いで買いました。

その後もう一度帰省して

今度は一人で個展を開いたので見に行きました。

バラエティ番組の背景で

絵が使われることになったと

知らせて来たので見ました。

連続ドラマの玄関に

ずっと彼の絵が掛けられていると聞いたので

その絵を見るためだけにそのドラマを見ました。

そんなこんなで

すっかり画家になって

立派になったと思っていましたが

絵を描くだけでは生活できず

生活費のためや画材を買うために

予備校で講師をしているとか言っていました。

絵だけで生活できるような人は

よっぽど絵が売れている

人気作家なのだそうです。

日本の芸術の世界は

有名な人に師事して名を上げていくような人が

成功するみたいな話を聞いたことがあります。

それにはたくさんのお金がかかるというのも

聞いたことがあります。

彼はそんなことができる人ではないので

名が売れて有名画家となって

絵の値段も上がっていくためには

何かもっと大きなチャンスが必要なのだと思います。

それがいつになるのかわかりませんが

彼は今もひたすら

自分の心が目指す絵を描き続けています。 

今の彼の目標が何なのか聞いたことはありませんが

きっと今も

どんな障害が現れようと

どんな困難な道のりでも

自分の目指すものに向かって

コツコツと努力を続けているのでしょう。

私には

自分の選んだ道を

振り返らず行く彼の後ろ姿が

道の先から差す光とともに見えます。

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最近コンペに入賞したので

3月末に東京で個展をする予定だと

彼が知らせてきました。

コロナが落ち着いていて

旅行が可能だったら

久しぶりに彼の個展に行ってみようかなと

少し思っています。

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