自己肯定感を高めて生き方を変える その1 ある生徒の話①

58C4AD17-A68E-42E8-A51C-99464AC1D116.jpeg 生徒のこと

こんにちは。キラです。

前回の記事の続きです。

自己肯定感の高め方をお

話しする予定でしたが

その前に伝えたいことがありました。

今回は低い自己肯定感のために

苦悩の人生を生きた生徒の話です。

私は彼とたくさん話しましたが

彼の苦悩を理解できていませんでした。

人のもつ自己肯定感というものの

存在とか意味とかを

知らなかったからです。

その生徒をMと呼びます。

目次

1.卒業生との食事会

月の初めに

卒業生4人と食事をしました。

そのうちの一人が遠くで働いていて

帰省するので会いたいと

言ってきたからです。

全員男子生徒ですが

もうおじさんです。

いい年ですが

2人はまだ結婚していません。

一人は1年の時担任して

2人は2,3年で担任して

一人は授業に出ていましたが

担任はしていません。

その授業に出ていた生徒が

店長をしているお店で会いました。

みんな中学校時代の話をよく覚えていて

その時の話しをしては

何度も大笑いしました。

みんな私の失敗談や

私が激怒した話を

面白おかしく話しました。

そして私の天然ぶりや

おもろいところが

ちっとも変わってないと言って

また笑いました。

ある一人が私に

「先生は僕らの他に

誰か会いたい人がいる?」

と聞きました。

電話して呼んであげようと言いました。

私がよく話していた

生徒の名前を言うと

東京にいると言うことで

電話を掛けてくれて彼と話をしました。

彼との話が終わって

なぜかみんなに

「本当は一番話したいのはMだ。」

と言ってしまいました。

M10年前に亡くなっています。

Mが亡くなった時

まだ赤ちゃんだった息子が

小学校4年生になり

その子と同級生の親だという一人が

Mにそっくりじゃろ。」

と言って写真を見せてくれました。

目元がそっくりでした。

2.Mとの出会い

Mとの出会いは

彼が2年生になって

私が担任になった時でした。

それまでは同じ学年とはいえ

クラス数も多く授業も出ていなかったので

ほとんど接点はありませんでした。

以前の記事で初めて担任をした時の

前田智徳選手を敬愛していた生徒の話をしました。

Mはその生徒と同級生で

私は二人を2.3年の時担任しました。

二人は同じ野球部で

信頼し合った友達同士でした。

担任してすぐの彼の印象は

陰鬱な感じの

指導が難しそうな生徒という感じでした。

学級びらきの日に

ほとんどの生徒が緊張しながらも

1年から担任していた

前田智徳選手を敬愛していた生徒や

他の何人かの生徒たちと

私のやりとりに笑いながら

打ち解けていったのに対し

Mは暗い瞳を向けて無表情のままでした。

しばらく経った頃

授業中に私がMを注意したら

態度が悪かったので

さらに叱ったら

むすっとしてそっぽを向いたので

授業の後呼んで指導しました。

その時に私への不満をいろいろ言っていましたが

結局私が自分の仲の良い生徒ばかり

ひいきしているという内容だったので

私はひいきはしてないつもりだけど

そう見えたのなら悪かったと謝りました。

そしてMがとった態度では

言いたいことや気もちは

相手に伝わらないことを教えました。

そのことがあってから

Mは私にもクラスにも少しずつ

馴染んでいきました。

Mは運動能力に秀で

頭脳も明晰で

リダー性ももっていました。

また容姿も淡麗でした。

でも人から言われた些細なことで

よく怒って凄んだり喧嘩したりしました。

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教師にもよく反抗しました。

人から軽んじられたと思うと

過激に反応していたのです。

喧嘩するたびに

教師に反抗するたびに

彼と話をしました。

家庭訪問して話すこともありました。

Mは何か大きな怒りを抱えている感じでした。

3.野外活動と修学旅行

Mは周りから近寄りがたい

恐い人物と見られてきましたが

少しづつですが

親しみやすさが出てきました。

Mはリーダ性があるので

みんなから学級の代表である

代議員を期待されていましたが

自分には無理だと言って

決してなることはありませんでした。

でも行事の時は

代議員は学年全体のための

仕事がたくさんあるので

学級をまとめるのは班長たちで

そのまとめ役である班長長が

クラスで重要な役割を担っていました。

Mは班長長には

自分から立候補してなりました。

また行事では

班長長は生活係長でもあったので

みんなに決まりを守らせる役割もありました。

今は中学校に

野外活動はなくなってしまいましたが

その頃はまだあって

その学年は

普通は一年の夏にある野外活動が

2年の冬にありました。

スキー合宿に行きました。

指導困難校という事で

特別に予算がついて

その年度は34日で

スキーに行くことができました。

行くときには

雪が全く降ってなかったので

いったいどうなるのかと思っていましたが

バスに乗ってスキー場に近づくと

雪が降り始めました。

スキーが思う存分できました。

Mは野外活動の時班長長でした。

普段規則とか決まりとか大嫌いなのに

自分の役割には忠実で

持ち前の性格の強さを発揮して

問題児だらけの私のクラスを

よくまとめて行儀良くさせてくれました。

だから私はほとんど注意したり

怒ったりすることはありませんでした。

裕福な家庭の少ない学校でしたので

スキーをしたことのある生徒は少なく

みんなでお互いの様子に笑い転げながら

スキーを習いました。

私のクラスには

事件も生徒指導もなく

本当に楽しめた野外活動でした。

Mのおかげでした。

野外活動が終わって

学校でのまとめのワークシートを書いていて

ある生徒がいきなり思い出し笑いをして

それからみんなで堰を切ったように

いろんな面白かったことを

話し始めて

みんなで笑いました。

Mも楽しそうでした。

冬の野外活動のために

修学旅行は3年の春にありました。

あれだけ活躍して

多くの信頼を得たのに

Mはやはり推薦を断って

3年生でも代議員にはなりませんでした。

引き続き私のクラスだったM

実は私もあらかじめ根回しして

代議員を頼みましたが

やはり自信がないということでした。

でも修学旅行ではまた班長長になり

同じように活躍してくれました。

最初の夜にあった班長長会で

Mが部屋を留守にしている時

男子たちがお菓子を食べるという

事件がありました。

Mがみんなを説得して

謝りにきました。

謝りにきた男子たちは

決まりを破ったことよりも

自分たちが

他のみんなが協力して

決まりを守ろうと努力している気もちを

裏切ったことが悪いと言いました。

Mにそう言われたそうです。

普段は

決まりを守らそうとする大人に

反発しているM

そんな様子に改めて驚きました。

でも後で聴くとMが一番力説したのは

「絶対先生()にはバレて

面倒なことになるから

先生を怒らすな。

正直に言ったら怒らんで。」

ということだったらしいです。

とりあえず説教は

しなくてはいけなかったけど

想定内の事件で

しかも反省した様子で

正直に言ってきたことで

私の気分は良かったです。

Mはよく見抜いていました。

しかも他のクラスでは

お菓子はもとより

喫煙や夜間徘徊や

喧嘩や器物破損

さらに夜中に女子が男子の部屋にいたりで

生徒指導事項てんこ盛りでした。

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現地の移動はバスでした。

バスの中でレクをして

カラオケもしました。

Mはみんなが

マイクを取り合って歌うのを

見ているだけで

みんなが勧めても歌いませんでした。

彼は歌うと上手いのに

カラオケに行っても

自分はあまりうまくないからと

めったに歌わないそうです。

最終日にM

罰ゲームで歌うことになり

『浪漫飛行』を歌いました。

お母さんが好きな曲で

カラオケでお父さんがよく歌うから

覚えたそうです。

家庭訪問でお母さんと話していて

その歌の話が出て

私も好きだと言ったので

歌ってくれたのだそうです。

うまくてみんなで感動しました。

彼を好きになる女子が

いっぱい出るんじゃないかと思うくらい

うまかったです。

4.Mと自己肯定感

これまでの話で

Mの恵まれた資質と裏腹な

自己肯定感の低さが

わかってもらえたと思います。

彼は自分は

人から好かれることはない

思っていました。

彼自身も

何でもできて容姿もいいのに

自分のことを嫌っていました。

自分がやろうと決めたことは

最後までやる意志の強さも

責任感もありましたが

自分は人から信頼されることはない

思っているので

人の信頼が必要とされると彼が考える

代議員のような役職には

就こうとしなかったのだと思います。

太字にしたのは

彼が自分で言っていた言葉だからです。

Mのお父さんは

建築関係のエンジニアで

国立の高等専門学校卒業でした。

彼はお父さんと同じ学校に行って

「親父を超える」ことが夢だと

いつも言っていましたが

そう言いながら

自分にはその能力がないから無理だとも

言っていました。

客観的に見て

彼には十分その力がありました。

彼は落胆しなくて済むように

常に期待のハードルを下げていました。

それでも

自分をダメな人間だと思っている彼は

少しの失敗や期待外れの出来事に落胆し

憂鬱になっていました。

そんな時人に弱みを見せまいと

つっぱり

「どうでもいい。」が口癖でした。

そして失敗したことには

二度と挑戦しませんでした。

そんなときの彼は

暗く不機嫌な感じで

みんな近寄り難く感じて避けるので

彼はますます憂鬱になっていきました。

そんな感情に支配された時は

夜に出歩いたり

不良の高校生や中学生がたむろする

川縁に行っていたようです。

Mは不良の中高生たちとも

懇意にしていました。

危うい感じがありました。

私はMと関わっていたとき

自己肯定感ということについては

知りませんでしたが

私なりに彼を理解していました。

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Mが心の奥に

大きな悲しみと怒りを

抱えているように感じていました。

そしてそれは

お父さんと関係あると思っていました。

次の記事では

そのお父さんのことに

触れたいと思います。

そして彼が高校生になり

さらに社会人になってからのことも

お話ししたいです。

そして彼が

なぜ幼い我が子と

若い妻を残して

亡くなったのかも

お話ししたいです。

自己肯定感の高め方を知りたい方、
自己肯定感について話したい方、
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