こんにちは。キラです。
外国のドラマを見たら
命の問題まで
考えが広がっていきました。
1.命の価値
ドラマオタクのことを書きました。
『ヒューマンズ』というドラマがあります。
それは近未来を舞台に
人間と同じ感情を
もつようになった
アンドロイド(シンス)と
人間との共存や問題を
描いたSFサスペンスです。
スウェーデンのSFドラマ「Real Humans」を
イギリスのチャンネル4とアメリカのAMCが
共同制作でリメイクしたドラマです。
テクノロジーの発展が進む中での
人間の存在意義や社会問題を
シンスとのかかわりを通して
重々しく描いています。
そのドラマで重要な役割を果たす
人間の女性の弁護士がいて
その弁護士の家でのあるシーンが
ずっと心に引っかかっています。
彼女は自分の仕事や
家庭も犠牲にして
シンス(アンドロイド)の権利のために
戦っていました。
シンスと家族のようにかかわっていました。
私の心引っかかっているシーンは
ある日彼女の家に
シンスの支配する
世界にしようと目論む
革命家のシンスが押し入ってきて
彼女に選択を迫るシーンです。
彼女の夫が連れてきて
ずっと家でかくまっていて
娘や息子とも
家族のように暮らしている
シンスの子どもと
道を歩いていた見知らぬ老人を
革命家のシンスが拘束して
どちらかを殺すから
彼女に選べと言ったのです。
彼女は泣きながら
選べないと言い続けました。
そうすると革命家のシンスは
どっちかに決めないと
両方殺すと言いました。
彼女は家族のように暮らしてきた
シンスの子どもの命を捨てる
苦渋の決断をしました。
見も知らない老人を助ける方を
選んだのです。
彼女の子どもたちは
母のその選択を責めて
泣き叫んでいました。
子供たちにとっては
シンスの子どもは
本当に家族だったのです。
シンスの革命家は
初めから誰も傷つける気持ちはなく
シンスの味方である弁護士さえ
結局は人間の命の方が大切だと
証明したかっただけだったのです。
シンスの子どもは
「僕のことを家族だと言ったのに。」と言って
革命家のシンスとともに
出て行ってしまいます。
2.人の命が一番尊い
人は人の命が尊いと
ずっと教えられて育ちます。
それは社会の常識になっています。
でも
それがある人種の人の命
ある国の人の命
ある民族の命と
狭まっていって
差別や偏見生まれたり
争いが起こったりしてきました。
全ての命が尊いと
みんなが考えるようになれば
全ての命を守ろうとすると思います。
以前の記事で牛乳をやめたことを書きました。
その時に調べていて
乳牛がいかに過酷な状況で
乳を搾り取られ続けているのかを
知りました。
人工的にずっと妊娠状態にさせられ
もう妊娠しない年齢になっても
妊娠状態にさせられて
ずっと牛舎の中の狭い囲いの中で
動けない状況で
搾乳機をつけられて
乳を搾り取られれ続けるのです。
16年くらいでそれが不可能になると
殺されて肉にされます。
日本の養鶏は
工場のような仕組みで行われています。
そこではニワトリはもはや
命として扱われていません。
他の家畜も同じような状況です。
家畜のことだけではなく
人類誕生以前から存在するような
森林の伐採が行われたり
希少動物が乱獲されたりしています。
農家の人たちが生活のために
農業を合理化しなくてはいけないことも
わかっているし
私はビーガンではないので
肉も食べているので
非難しているわけではありません。
森林伐採も動物の乱獲も
生きていくために
しなくてはいけない人が
いることも知っています。
ただ
そんな現状であることを憂う気持ちが
わいてきて止まらないんです。
私は猫が好きです。
自分の飼い猫なんて
家族同然です。
でも『ヒューマンズ』の弁護士の人と
同じような状況で
飼い猫か人の
どっちかの命を選べと言われたら
やっぱり人の命を選ぶのでしょう。
まだそれが世の中の常識だからです。
でも
選んだ後
飼い猫が殺されてしまったら
どうにかなりそうなくらい
ずっと後悔するでしょう。
ずっと寂しさに泣き暮らすのでしょう。
命は選ぶべきものではありません。
選ばなくてはいけないような状況が
あるべきではないんです。
ずっと前に読んだ本に
生命とは
構造の複雑さだと書いてありました。
本の題名も作者も覚えていませんが
妙に納得したので
この文章だけ鮮明に覚えています。
これからAIはもっと高度なものになり
『ヒューマンズ』のシンスのような
アンドロイドが誕生することは
もはやSFではなくなるような気がします。
構造の複雑なアンドロイドは生命です。
その生命を前に
未来の私たちは
どんな判断を下すのでしょうか。
3.来るべき未来のために
動物の世界は弱肉強食ですが
必要のない殺生はしません。
全て生きるためです。
人間以外の生物は
バランスをとって生きています。
人間の歴史は
弱者の生命を顧みず
他国や他民族の生命を顧みず
必要のない殺生を繰り返して
刻まれてきました。
でもそこから成長した今の社会は
人権を尊重することが当たり前の社会です。
そして今社会が進歩し
技術が進歩した今
全ての命を大切にする
世界にすることは
不可能ではないような気がします。
他の生命を犠牲にしなくても
食物も作れます。
動物や植物とのバランスをくずさず
共存する方法も
見い出せるはずです。
人間が考え方を変えて取り組めば
その方法は無限に広がるでしょう。
人間が
自分の種の存続だけを考える時代は
もう終わりにしていいと思います。
どちらかの命をとるのかと
選択を迫るような世界は
もう終わりにしていいと思います。
世界的に動物実験が禁止されたり
ヨーロッパで動物の権利(アニマル•ライツ)を
主張する運動が起こったり
家畜の福祉を唱える人たちがいたりします。
地球環境を考える世界的なうねりも
動物だけでなく植物も含めた
全ての生物の種の保存に向けた動きです。
また
最近見つけた「ガイア仮説」というものもあります。
NASAに勤務していた大気学者
ジェームズ・ラブロックが提唱した理論です。
それは地球自体を自己調節システムを備えた
「巨大な生命体」と捉え
生物と環境の相互作用が
そのシステムに組み込まれた
ものであるとする説です。
この理論は仮説でしたが
その後理論は強化を続け
しだいに「科学的な理論」として
議論の対象となっています。
エクセター大学の科学者らが
新たに提唱する理論によって
そんなガイア仮説をついに
説明できるかもしれないそうです。
この理論は
地球さえも一つの生命体として
尊重すべきだということに
つながっていきます。
そうやって何をすべきか
気付いている人たちもいます。
どちらかの命を軽んじて選ぶ
というのではなく
選ばなくてもいい世界にすればいいんです。
どちらかが尊いという考えから
選択の必要性が生じて
犠牲が生まれたり
戦争や虐殺が行われたりするのです。
世界中の全ての人が
どの命も尊いと
当たり前のように
子どもたちに伝える世の中に
なってほしいです。
アンドロイドのような
新しい生命の形を迎えるかもしれない
来るべき未来に向けて
必死で生きようとする
全ての命を尊重し
共存しようとすればいいだけです。
そういう考えが広がっていくと
少しずつ世界も変わるのでしょう。
ドラマのワンシーンから
地球の未来を考えてしまいました。
こんなふうに考えることは
ただの空想好きの絵空事ですか。


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