今日は。キラです。
津久井やまゆり園の事件の裁判で
植松聖被告が死刑を言い渡されました。
私は特別支援学校で働いていましたので
この事件のニュースを見たとき
衝撃を受けました。
そして判決が出たニュースを見て
裁判のことを調べ
いろいろ考えました。
皆さんはどんな時に
相手が自分のことを
わかってくれたと
感じますか?
生きる価値について
考えたことはありますか?
今日は
皆さんに私の考えたことを
どうしても
お伝えしたくて
長い記事になってしまいましたが
書きました。
1.津久井やまゆり園の事件
2. 津久井やまゆり園の事件の裁判
3.重度の障害をもった人にかかわること
4.津久井やまゆり園と特別支援学校
5.生きる価値
1.津久井やまゆり園の事件
津久井やまゆり園の事件は
2016年にあった事件です。
相模原市の障害者施設で
重度障害者10人が殺され
職員2人を含む26人が
重軽傷を負った事件です。
被告の植松聖はその施設の職員でした。
植松被告は彼をよく知る周りの人によると
明るく優しい
人間だったらしいです。
彼は障害者施設で働くようになって
「意思疎通のできない障害者は不幸を作る。」
と思うようになったと言います。
そして障害者がいなくなれば
不幸が減ると周りの人に言ったそうです。
また、彼は障害者は生きていても
社会や世界のためにならないから
安楽死をさせるべきだとも
言うようになぅたそうです。
その後ますます
言動は過激化していき
衆議院議長当てに
障害者を抹殺する
などと書いた手紙を
書いて渡したことで
警察に保護されました。
その後精神科に
強制緊急入院になりました。
約2週間入院していたそうです。
犯行は退院4か月後でした。
退院してからも彼は
障害者が社会のためにならないとか
障害者を殺害するとかの
話をしていたそうです。
裁判中もそのような考えを
変える様子はなく
自分の犯した罪を
反省する様子も
なかったそうです。
2. 津久井やまゆり園の事件の裁判
裁判は
主に植松被告に刑事責任能力が
あるかないかに
重点が置かれたものでした。
亡くなった方たちのことは
あまり語られませんでした。
彼の小学校からの言動が
提示されました。
彼の言動を
「差別的」としながらも
彼がなぜそのような考えを抱き
言動に至ったのかは
明らかにされませんでした。
彼がなぜ尊い命を奪う行為に至ったのかも
明らかにされませんでした。
植松聖被告は死刑を言い渡されました。
彼の考えも
彼の行動も
異常で狂気じみていました。
でも
なぜ障害者施設で働くようになって
そのような異常さを帯びてきたのでしょう。
なぜ周りの人たちに
そのような彼の異常さと
真剣に向き合う人がいなかったのでしょう。
3.重度の障害をもった人にかかわること
特別支援学校に
勤め始めて1年目は
重度の知的障害をもつ生徒の
クラスの担任でした。
高校1年生です。
7人のクラスの生徒のうち
5人は自閉症スペクトラム障害も
合わせもっていました。
言葉を話すことのできる生徒は
二人でした。
それまで特別支援学級さえ
担任したことのない私にとって
本当に未知の世界でした。
それまで教師として
積み上げてきたことは
全く通用しませんでした。
言葉で気もちを伝えることができない
生徒たちは他害行動や
自害行動で訴えてきました。
何度も何度も顔を叩かれました。
つねられて
腕があおじだらけになりました。
髪の毛を引っ張られて
100本も200本も抜けました。
体が大きいので
力が強いです。
痛くて泣きました。
それを避けて逃げると
自分の身体を傷つける生徒もいました。
学習だけでなく
給食やトイレの支援もしました。
彼らが気に入らないと感じたり
彼らがなんらかの原因で
不安定な精神状態だったりしたら
スムーズに支援ができないので
困ることが
いっぱいありました。
そんな彼らの支援について
勉強しました。
彼らのお母さんたちにも
いろいろおしえてもらいました。
ある時
神経科相談に申し込んで
校医の精神科の先生に
他害のひどい生徒のことを
相談しました。
その生徒は
言葉を話せず
絵カードなどにも
興味を示すことはなかったので
指示などを伝えようとしても
ほとんど
うまくいきませんでした。
校医の先生は
言葉が話せないことは
言葉を理解しないことではないと
言いました。
そして
その生徒が他害行動をする
原因となる不快な出来事があることを
理解するようにいいました。
そして原因となることが起こる前に
その生徒に伝えることで
その生徒はそれに対する
心構えができて
ストレスが軽減されるといいました。
今まで
「何で伝わらないのか。」と
自分が伝えようとすることしか
考えていなかったことに
初めて気付きました。
彼の伝えようとしていたことを
全く受け取っていなかったのです。
それに気付いて
言葉を話せない生徒たちに
辛い思いを伝えることのできない
生徒たちの気もちに
寄り添おうと努力しました。
いろんなことが見えてきました。
他害行動には
ちゃんと理由がありました。
できなくてイライラしそうな
サインを少しでも感じたら
その生徒にはそれ以上要求せず
それまでのことを褒める一方で
別の頑張っている生徒を
思いっきり褒めました。
天気によって
気分が変わる生徒には
天気予報をいつもチェックして
天気とともに
「大丈夫だからね。」ということも
伝えました。
その生徒に合った方法で
辛い気もちを理解しているということと
どうすることが必要かということを
伝える努力をしました。
全く他害や自害の行動が
なくなることはありませんでしたが
ずいぶん減っていきました。
私は笑顔で接することが増えました。
生徒の笑顔も増えました。
生徒たちが
私に親しみをもって
接してくれているように
感じることができるように
なりました。
嬉しいことがたくさんありました。
4.津久井やまゆり園と特別支援学校
私の勤務した特別支援学校の
周りの同僚の先生たちは
どのような支援が
障害をもった生徒の
成長や学びに
つながるのかを
懸命に考えて実践する人たちが
ほとんどでした。
あまり裁判で触れられることは
ありませんでしたが
植松被告が友達に語った話として
津久井やまゆり園の
職員たちが利用者に暴力をふるう話や
利用者たちを蔑む発言をする話が出てきました。
植松被告が初めて勤務して
利用者の方の状態に驚いていると
ある同僚が
「慣れてくるとそのうち
かわいいと思うようになる。」
と言ったという話もありました。
障害者施設や
高齢者の介護施設で
虐待がある話がニュースでも
報道されます。
5.生きる価値
植松被告は
障害者には生きる価値がないと
言いました。
自分の価値観で
他人の価値を決めることは
間違っていることは
誰にでもわかります。
価値観は主観的なもので
人それぞれだからです。
生きる価値は
自分に対して自分が
決めることです。
それの区別ができなくなった人が
他人の価値を語ります。
植松被告は自分のその価値観が
社会の価値観だとも言っていました。
それは津久井やまゆり園という社会の
価値観だったのでしょうか。
彼はそこで人の生きる価値を
自分が決めていいと
学んだのでしょうか。
私の生徒たちにとって生きる価値は
自分の生活が
自分も笑顔で人も笑顔が
日常であることでした。
生徒たちが生きる価値を感じていると
私も生きる価値を感じました。
6.理想を目指して
人はその属するコミュニティから
たくさんのことを学びます。
自分がコミュニティを選んでいるように
見えながら
自分の人格が
コミュニティを引き寄せる
のかもしれません。
みんな
家族から始まって
学校のクラス
職場など
たくさんの
コミュニティに属してきています。
コミュニティはずっと続くものではなく
必ず終わりがあって
人は次のコミュニティへと
移っていきます。
より人格を高める
コミュニティへと
シフトしていくことが
理想です。
人が自分の生きる価値を
最も感じるのが
他の人が生きる価値を感じることに
貢献できたときです。
それにみんなが気付いて
行動する社会が
理想です。
本当に色々と考えさせられる
ニュースでした。
皆さんはこのニュースで
どんなことを思いましたか?


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