辛くて悲しい出来ごと

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こんにちは キラです。
あなたは
悩みがあったり
つらかったり
苦しかったりしたとき
どうしていますか?
そんな時は
友達や家族などの身近な人に
話を聞いてもらう人がほとんどだと思います。
私もそうです。
でも本当につらくて
苦しくてどうしようもできないときは
誰にもこの苦しみは分からない
分かってもらえないと思って
一人で抱えてしまいます。
3年前の3月に
これまでの人生の中で
一番つらいと思うことがありました。
愛猫の死です。
キラという名前の猫です。
私のニックネームは
この愛猫の名前をもらいました。
生徒の保護者が知り合いから
もらってくれました。
美しい猫でした。
おっとりとした性格で
いつもそっと寄り添ってくれていました。
こんなに愛しい存在があるのかと
いつも思っていました。
そのくらい特別な存在でした。
1年たった頃
不妊手術をして
検査をしてもらいました。
病気もなく健康でしたが
猫エイズのキャリアだと言われました
月並みですが
崖から突き落とされたような
ショックを感じました。
キラを抱いて泣きました。
何日も仕事から帰って泣きました。
でも
泣いてばかりではダメだと感じ
インターネットで調べまくり
猫エイズが発症することなく
長生きできる方法が書かれている
記事を見つけては
その通りにしました。
キラは
猫エイズと診断されたことを
忘れるくらい
元気に健やかに過ごしていました。
キラが愛しくて愛しくて
キラと過ごす時間が本当に幸せでした。
いつも
この幸せが続きますようにと
祈っていました。
そんな11年間が過ぎた頃
キラに異変が起きました
体中を痒がりました。
ダニでもついたかと思って
夏だったのでお風呂に入れました。
痒がるほかに異常はなかったので
そのまま数か月を過ごしました。
10月のなかばごろ
よだれを大量に出しているのに気付きました。
不安でおしつぷされそうになりながら
動物病院にいきました。
口内炎でした。
猫エイズを発症していました。
それからのキラの
5か月の闘病は
思い出すと
今でも
つらくて、苦しくて
泣いてしまいます。
キラは猫エイズと診断されてしばらくすると
自分でご飯が食べれなくなり
自分で水が飲めなくなり
見る見る痩せていきました。
子猫のように小さくなりました。
私は
毎日仕事を放り出して
一目散に家に帰り
水と高栄養のミルクを
シリンダーで与えました。
嫌がっても
飲ませたり食べさせたりしないと
死んでしまうので
毛布でくるんで
赤ちゃんにミルクを飲ませるように
話しかけたり歌を歌ってやったりしながら
少しずつ飲ませました。
病院に点滴をしに通いました。
点滴も命の綱です。
家を出るのを嫌がりました。
細くなった体に
針を刺すのが拷問のようでした。
インターネットで猫エイズを調べまくり
効くというものの記事があると
すがるように
全て試しました。
でも、何をしても病気は進み
キラを抱いて泣いてばかりの毎日でした。
からだをなめることができなくて
ボロボロになっても
痛いところがあっても
猫は我慢強いので
あまり辛さをみせません。
それが余計に不憫でした。
キラは
どんなに病気が進行しても
よたよた歩いて自分でトイレに行きました。
だからトイレの近くに置いた
キラのために買った小さなベッドに寝かせました。
でも私が
自分の寝室に行ってベッドに寝ていると
キラが私の寝室にやってきて
ベッドに上がろうとします。
ずっといっしょに寝ていたからです。
でも力がなくなって
自分では上がったり下りたり
できなくなっていたので
私が寝てしまって
ベッドから落ちると危ないし
トイレの近くの方が
負担が少ないと思ったので
小さな温かいベッドを買って
それに寝かせようとしました。
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でもどうしても私と一緒に寝ようと
よたよたと歩いてきて
ベッドにとびつくんです。
ベッドの上まで
とびあがることができないのに
とびつくんです。
私は抱き上げて
私の近くにいっしょに寝させました。
ずっと寝顔を見ながら
涙をポロポロながしました。
そうしていると
朝がきました。
そんな日がいく日が続いたある日
キラと離れたくなくて仕事を休みました。
休日が待てなかったんです。
一日中キラのそはで過ごしました。
3か月間そんな日々が続きました。
そしてキラはとうとう
天国に行ってしまいました。
いつもいっしょに寝転がっているソファの上で
私のそばで
眠るように逝きました。
家に帰っては泣く毎日でした。
一生分泣いたかと思うくらい
泣きました。
母からの電話にも
妹からの電話にも出ず
一人で泣いていました。
友達にも
誰にも自分の辛さを
話すことはありませんでした。
職場では普段通り振る舞いました。
私はこれまでも
本当に辛くてしょうがない時は
人に話したり
相談したりできませんでした。
でも、泣きくれた1か月が経った時
もっと辛いことが待っていました。
それは一度にお話しするには
しんどすぎるので
またの機会にお話しします。
私は誰にも
弱さを見せて頼ることができなかったので
悲しみは長く続きました。
辛い日々は長く続きました。
今なら分かります。
もし、遠くの信頼できる誰かに
心の内を話すことがことができていたら
わだかまりなく話せる誰かがいたら
私はもっと早く
悲しみを乗り越えていたでしょう。
辛い日々も短くできたでしょう。
大切な時間を
ただ、泣きくれるためだけに
使うことはなかったでしょう。
キラの死をトラウマにするのではなく
心の強さや、優しさに
変えることができたでしょう。
キラへの強い思いを
たくさんの存在への慈しみに変えることも
できたでしょう。
私は
キラの死に打ちひしがれた時の
私のような人の
信頼できる誰かに
いつでも望めば
話を聞いてくれる誰かに
なりたいんです。
あなたにはどんな辛いことが
ありましたか?
辛さを全て吐き出して
受け止めてもらえる人はいますか?
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